大阪市の「家庭教育支援条例(案)」ですが、下記の記事によると5月議会への提出は断念したようです。
地元の患者会をはじめ、多くの方々が迅速に行動したようですね。
千葉のNPO発達わんぱく会の小田理事長も、ツイッターで直接、橋下市長に意見を寄せていました。
http://mainichi.jp/select/news/20120507k0000e010106000c.html
橋下市長も個人的にはこの案に違和感を表明していましたし、維新の会自体、下記の様な見解を出していますので、あの内容の案が大阪市議会に提出されること自体は無いかなと思われます。。
http://ishinnokai-osakashikai.jp/activities/seimu/1119.html
しかし、この案は埼玉県で議論されたことのあるもののようですし、大阪以外にも起こりうる動きかと思われます。
ちなみに関連しそうなサイトをいくつか紹介すると、
■親学推進協会
http://www.oyagaku.org/aboutus/
※特別委員に日医会長の原中先生(選挙結果は反映されていないのでしょう)、神奈川県保険医協会理事長の池川明先生等がいて、医療界の理解も得られているかのような印象を与えています。
■親学推進議員連盟(下村博文議員のブログ)
http://hakubun.jp/2012/04/%E3%80%8C%E8%A6%AA%E5%AD%A6%E3%80%8D%E6%8E%A8%E9%80%
B2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E9%80%A3%E7%9B%9F%E3%81%AE%E8%A8%AD%E7%AB%8B%E7%B7%8F%E4%
BC%9A/
※報じた産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120410/stt12041016550009-n1.htm
■健全な男女共同参画社会をめざす会
http://www.mezasukai.com/kaihou.php
※親学だけじゃなく、反ワクチンはじめ、頭が痛くなるものオンパレードです
決してごくごく一部のトンデモ市議が所属会派を動かしてしまった、というレベルの話ではなく、それなりの立場にある政治家や教育・保育・医療関係者が手を組み、自分たちの考える理想の社会システムを構築しようという動きの一環であると考えておいても良いのかなと思われます。
価値判断は多様で良いのですが、基づく根拠・科学的事実が多様では困りますよね。
この動きを目の当たりにして興味深く感じたのが、所謂政治的な「右」と「左」の双方に、トンデモに基づく「反ワクチン」が入り込んでいるんだなぁということです。
体制を批判するため、自身の主義を強く主張するのに都合が良ければ、科学的事実の吟味を疎かにしても、都合のよい論理に飛びつく、とう結果なのでしょう。
この「科学的事実はどうであれ、都合が良い論理に飛びつく」という思考、結果としてトンデモの巣窟を生み出しているように見えます。
で、最後は「敵の敵は味方」的な発想から、右・左の政治的思考を超えてタッグを組んでしまうのか、それともそこだけは譲れない一線として踏みとどまるのか、興味深いところではあります。
誰しも全ての事柄において科学的に事実評価を速やかに下せるわけはありませんし、時には事実誤認や誤解によってトンデモ的論理に賛同してしまう事があるかもしれません。でも、価値観は多様であっても事実は一つであることを念頭に吟味を続ける姿勢を保っていれば、いずれかの段階で事実誤認や誤解に気づくでしょうし、従っていずれはトンデモ的理論とは決別するものだと思います。
しかし、自分の主義主張に都合が良ければ、事実はどうであれ良いのだとしてトンデモ的論理を支持する場合、なし崩し的にトンデモまみれになる危険性が高まるものと思われます。
今回の一連の動きは、親学(漢字変換で出てこないから面倒くさいな、これ)を軸に、様々なトンデモ的理論等を多数とりこみながら勢力拡大している集団から派生したものだとするなら、大阪市議会の件がこれで首尾よく軌道修正されたとしても、また同様の事態が生じることが懸念されます。この集団に参加し、賛同している人々の中には、トンデモ的理論にズッポシはまっている人も居れば、賛同している面々への個人的な信頼から賛同しているだけの人も居るのでしょう。前者の説得はなかなか困難ですが、後者には事実を知らせることで行動変容が期待できるかもしれません。
それぞれの分野に関する人たちから、粛々と事実を提示し続けるしかないのかな、と思われます。
地元の患者会をはじめ、多くの方々が迅速に行動したようですね。
千葉のNPO発達わんぱく会の小田理事長も、ツイッターで直接、橋下市長に意見を寄せていました。
http://mainichi.jp/select/news/20120507k0000e010106000c.html
橋下市長も個人的にはこの案に違和感を表明していましたし、維新の会自体、下記の様な見解を出していますので、あの内容の案が大阪市議会に提出されること自体は無いかなと思われます。。
http://ishinnokai-osakashikai.jp/activities/seimu/1119.html
しかし、この案は埼玉県で議論されたことのあるもののようですし、大阪以外にも起こりうる動きかと思われます。
ちなみに関連しそうなサイトをいくつか紹介すると、
■親学推進協会
http://www.oyagaku.org/aboutus/
※特別委員に日医会長の原中先生(選挙結果は反映されていないのでしょう)、神奈川県保険医協会理事長の池川明先生等がいて、医療界の理解も得られているかのような印象を与えています。
■親学推進議員連盟(下村博文議員のブログ)
http://hakubun.jp/2012/04/%E3%80%8C%E8%A6%AA%E5%AD%A6%E3%80%8D%E6%8E%A8%E9%80%
B2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E9%80%A3%E7%9B%9F%E3%81%AE%E8%A8%AD%E7%AB%8B%E7%B7%8F%E4%
BC%9A/
※報じた産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120410/stt12041016550009-n1.htm
■健全な男女共同参画社会をめざす会
http://www.mezasukai.com/kaihou.php
※親学だけじゃなく、反ワクチンはじめ、頭が痛くなるものオンパレードです
決してごくごく一部のトンデモ市議が所属会派を動かしてしまった、というレベルの話ではなく、それなりの立場にある政治家や教育・保育・医療関係者が手を組み、自分たちの考える理想の社会システムを構築しようという動きの一環であると考えておいても良いのかなと思われます。
価値判断は多様で良いのですが、基づく根拠・科学的事実が多様では困りますよね。
この動きを目の当たりにして興味深く感じたのが、所謂政治的な「右」と「左」の双方に、トンデモに基づく「反ワクチン」が入り込んでいるんだなぁということです。
体制を批判するため、自身の主義を強く主張するのに都合が良ければ、科学的事実の吟味を疎かにしても、都合のよい論理に飛びつく、とう結果なのでしょう。
この「科学的事実はどうであれ、都合が良い論理に飛びつく」という思考、結果としてトンデモの巣窟を生み出しているように見えます。
で、最後は「敵の敵は味方」的な発想から、右・左の政治的思考を超えてタッグを組んでしまうのか、それともそこだけは譲れない一線として踏みとどまるのか、興味深いところではあります。
誰しも全ての事柄において科学的に事実評価を速やかに下せるわけはありませんし、時には事実誤認や誤解によってトンデモ的論理に賛同してしまう事があるかもしれません。でも、価値観は多様であっても事実は一つであることを念頭に吟味を続ける姿勢を保っていれば、いずれかの段階で事実誤認や誤解に気づくでしょうし、従っていずれはトンデモ的理論とは決別するものだと思います。
しかし、自分の主義主張に都合が良ければ、事実はどうであれ良いのだとしてトンデモ的論理を支持する場合、なし崩し的にトンデモまみれになる危険性が高まるものと思われます。
今回の一連の動きは、親学(漢字変換で出てこないから面倒くさいな、これ)を軸に、様々なトンデモ的理論等を多数とりこみながら勢力拡大している集団から派生したものだとするなら、大阪市議会の件がこれで首尾よく軌道修正されたとしても、また同様の事態が生じることが懸念されます。この集団に参加し、賛同している人々の中には、トンデモ的理論にズッポシはまっている人も居れば、賛同している面々への個人的な信頼から賛同しているだけの人も居るのでしょう。前者の説得はなかなか困難ですが、後者には事実を知らせることで行動変容が期待できるかもしれません。
それぞれの分野に関する人たちから、粛々と事実を提示し続けるしかないのかな、と思われます。
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済
先般、嬉しいニュースが舞い込んできました。
長男の友人で、長らくチームメートとして一緒にサッカーに打ち込んできたH君が、柏レイソルの新5年生のセレクションに合格したというものです。
H君、おめでとう!!!
H君との出会いは、長男が小学校入学を目前とした丁度今頃の時期でした。
幼稚園でサッカースクールに入っていた長男が、小学校入学後はより本格的にサッカーをしたい、と希望し、ご近所さんの紹介で地元で活動しているボランティアチームに入団しました。
そこに一足先に入団していたのがH君。
うちの長男も身長は大きい方でしたが、それを一回り上回る体格の良さにまずは驚かされました。
そして運動能力の高さに驚かされ、何よりそのサッカーの技術の高さに驚かされました。
「これで同い年かよ」
「衝撃的」という単語がまさにぴったりの出会いでした。
その後、H君はより高みを求めてPBJ(Penya FC Barcelona Japan:現PBJ千葉)に移籍。
長男も小学校2年の3月にあとを追うようにPBJに移籍し、昨年の9月に長男が退団するまでチームメートとして共にボールを追いかける毎日でした(その後、H君もPBJを退団、柏レイソル系のチームに入りセレクションに備えていました)。
ひたすらH君の背中を追いかけ続けていた長男は、H君をはじめ素晴らしい仲間に恵まれ、3年生時の千葉県大会で優勝という経験を得ることができました。
とにかく、自分よりうまい仲間たちに追い付け追い越せで努力していれば良い環境です。
しかし、H君にとってはここでも一つの頂点を極めてしまったわけで、次のステップとして柏レイソルというJの下部組織を目指すことになったのでしょう。
なんせ、私が長男のサッカーとともに観戦してきた千葉県少年サッカーの4年間において、彼の学年で彼以上にうまい選手を観たことが無いんです。
PBJでも、二学年上の試合にも参加していたH君、十分に2歳年上のお兄さんたちとも渡りあっていました。
そんなH君が柏レイソルのジュニアチームに入団することになったことは、本当に嬉しいです。
嬉しいのですが、残念だな、と思う気持ちも併せ持ってしまいます。
それは、彼が活動してきた千葉市、四街道市、八街市、といった地域とは地理的にも離れている柏市のチームに移籍「せざるを得ない」状況があることに対してです。
そしてそれは「何故、ジェフ千葉を選べないのか」という事とも≒です。
現在、ジェフ千葉はジュニアチームを持っていません。
理由はわかりませんが、スクールを運営するに留まっています。
J2に甘んじているとはいえ、経営規模もその歴史も、J1の古豪中堅チームと呼ぶべきジェフ千葉。
そのジェフ千葉が、地元で育ってきている素晴らしいジュニア選手の受け皿となり得ていない現状が、本当に残念でなりません。
昨年、長男やH君と同い年の久保建英君がFC Barcelonaの下部組織に入団したことが話題になりました。
もちろん、単に世界ナンバーワンのバルサの下部組織に入団したのだからそれだけでもすごいことなのですが、久保君の入団がより大きな驚きを持って世間を賑わせた理由は、バルサはU12(つまり小学生年代)においては、地元のカタルーニャ出身の選手しか入団できないという原則の例外として入団したことにありました。
原則を覆してでも入団させたかった位、バルサは久保君に惚れ込んだんだ!と。
このニュースでもわかるように、あのバルサであっても、地元出身者の育成をとても大事にしているのですよね。
Jは地域密着と言われますが、地元のチームが、地元出身or地元で育った選手の活躍で優勝する、というのは、チームへの愛着を生み出し、チームと地元愛のつながりを強固なものにする世界共通の要素です。
だからこそ、ジェフ千葉にはもっともっと積極的に千葉市周辺で活躍する子どもたちの受け皿として体制整備に尽力してほしい、そう願ってやみません。
噂では数年以内にジェフもジュニアチームを持つ構想があるという話も耳に入ってきています。
そうなれば、H君の様な優れた選手が、地元でサッカーを続けられるという選択肢も広がります。
そのことが、ジェフの将来の成功にもつながり、ジェフの地域での人気獲得にもつながることでしょう。
一日も早く、ジェフ千葉のジュニアチームが発足してほしいと思っています。
余談ですが、千葉県には柏レイソルとジェフ千葉の2つのJ加盟チームがありますが、その2チームの予算規模は2つ併せても埼玉の浦和レッズ一つと同じ程度(埼玉にはさらに大宮アルディージャがある)ですし、神奈川県でも横浜Fマリノス、川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、横浜FCとJチームがあり、それらの予算総額も千葉の2チーム合計を大きく上回ります。
そう考えると、人口の違い等もありますが、千葉県にもう一チーム、Jのチームがあっても良いのかな、とも思います。
なので、私は千葉県にもう一チーム、Jのチームが欲しい、と思います。
その名は、
「FC印旛」!!
あ、ダサい?
良いんです、ダサくっても。
印旛、私が住む四街道市、そしてその歴史において千葉県の中心でもあった佐倉市、我が国の玄関口である成田市等、ポテンシャルを秘めた(何の?)自治体で構成される印旛郡。
その印旛郡をホームタウンとするFC印旛があっても良いんじゃないかな、と思っています。
いや、ホント、自分で作っちゃいたいくらい(海外の宝くじでも当たればね)。
バイエルンミュンヘンと提携して、「「バイエルン印旛」でも良いですし。
バイエルンと選手の交流も図って、指導者の交流も図って、ついでに観光客の交流も図って。
印旛には順天堂大学という大学サッカーの名門校もありますし。
長島巨人軍終身名誉監督の出身地でもあります。
高橋尚子選手をはじめ、数多くの名ランナーを育てた小出監督の主催するランニングチームもあります。
話が水っぽく膨らんでしまいましたが(^^;
H君おめでとう!
そしてジェフ千葉、早くジュニアチームを作ってください!
ということで、今日のエントリーを絞めたいと思います。
長男の友人で、長らくチームメートとして一緒にサッカーに打ち込んできたH君が、柏レイソルの新5年生のセレクションに合格したというものです。
H君、おめでとう!!!
H君との出会いは、長男が小学校入学を目前とした丁度今頃の時期でした。
幼稚園でサッカースクールに入っていた長男が、小学校入学後はより本格的にサッカーをしたい、と希望し、ご近所さんの紹介で地元で活動しているボランティアチームに入団しました。
そこに一足先に入団していたのがH君。
うちの長男も身長は大きい方でしたが、それを一回り上回る体格の良さにまずは驚かされました。
そして運動能力の高さに驚かされ、何よりそのサッカーの技術の高さに驚かされました。
「これで同い年かよ」
「衝撃的」という単語がまさにぴったりの出会いでした。
その後、H君はより高みを求めてPBJ(Penya FC Barcelona Japan:現PBJ千葉)に移籍。
長男も小学校2年の3月にあとを追うようにPBJに移籍し、昨年の9月に長男が退団するまでチームメートとして共にボールを追いかける毎日でした(その後、H君もPBJを退団、柏レイソル系のチームに入りセレクションに備えていました)。
ひたすらH君の背中を追いかけ続けていた長男は、H君をはじめ素晴らしい仲間に恵まれ、3年生時の千葉県大会で優勝という経験を得ることができました。
とにかく、自分よりうまい仲間たちに追い付け追い越せで努力していれば良い環境です。
しかし、H君にとってはここでも一つの頂点を極めてしまったわけで、次のステップとして柏レイソルというJの下部組織を目指すことになったのでしょう。
なんせ、私が長男のサッカーとともに観戦してきた千葉県少年サッカーの4年間において、彼の学年で彼以上にうまい選手を観たことが無いんです。
PBJでも、二学年上の試合にも参加していたH君、十分に2歳年上のお兄さんたちとも渡りあっていました。
そんなH君が柏レイソルのジュニアチームに入団することになったことは、本当に嬉しいです。
嬉しいのですが、残念だな、と思う気持ちも併せ持ってしまいます。
それは、彼が活動してきた千葉市、四街道市、八街市、といった地域とは地理的にも離れている柏市のチームに移籍「せざるを得ない」状況があることに対してです。
そしてそれは「何故、ジェフ千葉を選べないのか」という事とも≒です。
現在、ジェフ千葉はジュニアチームを持っていません。
理由はわかりませんが、スクールを運営するに留まっています。
J2に甘んじているとはいえ、経営規模もその歴史も、J1の古豪中堅チームと呼ぶべきジェフ千葉。
そのジェフ千葉が、地元で育ってきている素晴らしいジュニア選手の受け皿となり得ていない現状が、本当に残念でなりません。
昨年、長男やH君と同い年の久保建英君がFC Barcelonaの下部組織に入団したことが話題になりました。
もちろん、単に世界ナンバーワンのバルサの下部組織に入団したのだからそれだけでもすごいことなのですが、久保君の入団がより大きな驚きを持って世間を賑わせた理由は、バルサはU12(つまり小学生年代)においては、地元のカタルーニャ出身の選手しか入団できないという原則の例外として入団したことにありました。
原則を覆してでも入団させたかった位、バルサは久保君に惚れ込んだんだ!と。
このニュースでもわかるように、あのバルサであっても、地元出身者の育成をとても大事にしているのですよね。
Jは地域密着と言われますが、地元のチームが、地元出身or地元で育った選手の活躍で優勝する、というのは、チームへの愛着を生み出し、チームと地元愛のつながりを強固なものにする世界共通の要素です。
だからこそ、ジェフ千葉にはもっともっと積極的に千葉市周辺で活躍する子どもたちの受け皿として体制整備に尽力してほしい、そう願ってやみません。
噂では数年以内にジェフもジュニアチームを持つ構想があるという話も耳に入ってきています。
そうなれば、H君の様な優れた選手が、地元でサッカーを続けられるという選択肢も広がります。
そのことが、ジェフの将来の成功にもつながり、ジェフの地域での人気獲得にもつながることでしょう。
一日も早く、ジェフ千葉のジュニアチームが発足してほしいと思っています。
余談ですが、千葉県には柏レイソルとジェフ千葉の2つのJ加盟チームがありますが、その2チームの予算規模は2つ併せても埼玉の浦和レッズ一つと同じ程度(埼玉にはさらに大宮アルディージャがある)ですし、神奈川県でも横浜Fマリノス、川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、横浜FCとJチームがあり、それらの予算総額も千葉の2チーム合計を大きく上回ります。
そう考えると、人口の違い等もありますが、千葉県にもう一チーム、Jのチームがあっても良いのかな、とも思います。
なので、私は千葉県にもう一チーム、Jのチームが欲しい、と思います。
その名は、
「FC印旛」!!
あ、ダサい?
良いんです、ダサくっても。
印旛、私が住む四街道市、そしてその歴史において千葉県の中心でもあった佐倉市、我が国の玄関口である成田市等、ポテンシャルを秘めた(何の?)自治体で構成される印旛郡。
その印旛郡をホームタウンとするFC印旛があっても良いんじゃないかな、と思っています。
いや、ホント、自分で作っちゃいたいくらい(海外の宝くじでも当たればね)。
バイエルンミュンヘンと提携して、「「バイエルン印旛」でも良いですし。
バイエルンと選手の交流も図って、指導者の交流も図って、ついでに観光客の交流も図って。
印旛には順天堂大学という大学サッカーの名門校もありますし。
長島巨人軍終身名誉監督の出身地でもあります。
高橋尚子選手をはじめ、数多くの名ランナーを育てた小出監督の主催するランニングチームもあります。
話が水っぽく膨らんでしまいましたが(^^;
H君おめでとう!
そしてジェフ千葉、早くジュニアチームを作ってください!
ということで、今日のエントリーを絞めたいと思います。
リスク比較について思ったことを書いてみます。
科学の分野における永久機関と同様に、私は「ゼロリスク」は成り立たないものと理解しています。
人間はこの世に存在する限り、常にリスクに晒されています。
リスクとリスクを比較し、どちらのリスクがより「許容できるか」というのがリスク比較だと思っています。
ところが、往々にしてリスク×リスクの比較ではなく、リスクを取るか否か、という比較を目にします。
この場合、「ゼロリスク」がある、と考えているんでしょう。
予防接種においては、ワクチン接種によるリスク(=接種後の健康被害)を取るか否か、という比較がなされる場合があります。
ワクチンを打つと頻度は高く無いけれども「接種後の健康被害」というリスクを生じる場合があります。
接種しなければ、「接種後の健康被害」というリスクは生じません。
そこで、「打たなければリスクは生じない」と考えて(=ゼロリスク)しまうのだろうと推察しています。
でも、打たなければリスクは生じない、というのは適切なリスク比較とは言い難いですよね。
何故なら、打たなければワクチンがもたらす恩恵にあずかることができないのですから。
ワクチンの恩恵、すなわち「疾病を予防する」ことを放棄することは、疾病に罹患するというリスクを一定の確率で引き受けることになります。
なので、比較すべきは「接種後の健康被害」×「疾病に罹患する」であって、「接種することのリスク」×「接種しないことのリスク」なんです。
「接種することのリスク」を取るか取らないか、とらなければゼロリスクを実現できる、というのは大きな間違いと言って良いでしょう。
また、接種せずに疾病に罹患するリスクを甘受するという判断において、さらに考慮しなければいけないリスクがあります。
感染から症状を呈するまでの間に感染させる可能性がある疾病で有れば、感染源になってしまう事もあり得ます。
罹患し医療を受けることになれば、医療提供体制に負荷を掛けますし、健康保険を使えば医療保険財政に負担を与えます。
集団生活の場に入ることを拒否される可能性だってあります(集団のリスクを管理する立場からは、拒否も止む無しと思います)。
これらのリスクが忘れられがちなのは、いずれもが個人に直接的にもたらされるリスクでは無いから(またはそれを理由にもたらされるリスクだらか)だと思います。
他人にうつしたからといって損害賠償請求されることも無いでしょうし(されても余程のことが無い限り認められないでしょうし)、発症したら健康保険を使って医療を受けるのは当然の行動だと思いますから、制限されて医療が受けられないということも無いでしょう。
集団生活に入ることを拒まれるのはリスクですが、接種するもしないもそれぞれの価値判断なのだから、一方の価値判断を下した者だけを排除するのはけしからん!ということも言えるのかもしれません。
ですが、誰もいない荒野でただ一人ですべての生活が完結しているならともかく、社会生活は好む好まざるにかかわらず他者との関係性を持ち成り立っているものですから、他者へのリスクというのも考慮すべきだと考えます。
というか、他者へのリスクっていうのは、まわりまわって自らにも跳ね返ってくるリスクなんですよね。
個人に直接的にもたらされるリスクじゃないけれども、間接的にはいずれもたらされるリスクなんですから、利己的に考えても考慮すべきリスクだと思います(利己的であればある程、とも言えるかも)。
予防接種の話が長くなりましたが、他にもリスク比較が不適切だなぁと感じたものが最近もいくつかありました。
ひとつは被災地の瓦礫受け入れ問題。
神奈川県の説明会の様子をUSTで視聴しただけですが、あの場で述べられていた反対意見の殆どすべてが、自らのリスクを取るかどうかだけ(そのリスク評価も随分と過大すぎるな、というのが率直な気持ちですが)に終始していて、受け入れないことで直接的には被災地が、間接的には日本全体に及ぶリスクを考慮していないように見受けられました。
まあ、この件は私は個人的にとても感情面で刺激される部分もあるので、これ以上は言及しないように自制します。
脱原発にも見られます。
原発を即時停止!原発はただちに廃炉に!的な脱原発・反原発運動が、いまだに続いています。
原発が事故を起こした場合等のリスクだけを俎上に載せたリスク比較とそれに基づく主張に過ぎないものが少なくないですよね。
今すぐ原発を停止(or廃炉)することにより生じるリスクは、あまり(というかほとんど)検討されていません。
検討されていない、というより、「そんなリスクは無い」という主張なのかもしれませんが。
中には「生活レベルを下げれば大丈夫!原発分の電力なんていらん!」という脱原発リスク否定(?)の主張もあります。
エレベーターは要らない(もちろん、エスカレーターも)、エアコンもいらなければ家電製品も殆ど要らない、江戸時代とはいかなくても昭和の生活で良いじゃん!的な主張です。
いや、直ぐには無理だから、それ、って突っ込みたくなるような。
今の社会はインフラをはじめ、今の電力消費量を成立条件として成り立っています。
例をあげれば、エレベーターがあるから何十階もある高層ビルやタワーマンションがあるように、ATMがあるから銀行の窓口が減らせるように、DTP等の技術があるから活版印刷が無くなっていったように。
私が長男と同じ年頃だった1980年の電力消費量のざっと1.5倍の電力を、現在は使用しているそうです。
これを当時の水準に戻すとしたら、0.5の分の電力を前提としたインフラやシステムを、電力を伴わないものに変えていく等の変革が必要です。
何故なら、その変えなければいけないシステムによって生活が成り立っている人もいるし命を支えられている人もいるからです。
一気に無くなったり変えられたりするわけがないですよね。
ありもしないゼロリスクを信じ、リスク比較を誤ることで、自分自身や家族、そして同じ社会に生きる仲間たちにより大きなリスクを負わせることは避けたいものです。
今一度、リスクを避けることで新たに生じるリスクは何なのか、という視点で考えていきたいな、そんな思いを強くしている今日この頃です。
科学の分野における永久機関と同様に、私は「ゼロリスク」は成り立たないものと理解しています。
人間はこの世に存在する限り、常にリスクに晒されています。
リスクとリスクを比較し、どちらのリスクがより「許容できるか」というのがリスク比較だと思っています。
ところが、往々にしてリスク×リスクの比較ではなく、リスクを取るか否か、という比較を目にします。
この場合、「ゼロリスク」がある、と考えているんでしょう。
予防接種においては、ワクチン接種によるリスク(=接種後の健康被害)を取るか否か、という比較がなされる場合があります。
ワクチンを打つと頻度は高く無いけれども「接種後の健康被害」というリスクを生じる場合があります。
接種しなければ、「接種後の健康被害」というリスクは生じません。
そこで、「打たなければリスクは生じない」と考えて(=ゼロリスク)しまうのだろうと推察しています。
でも、打たなければリスクは生じない、というのは適切なリスク比較とは言い難いですよね。
何故なら、打たなければワクチンがもたらす恩恵にあずかることができないのですから。
ワクチンの恩恵、すなわち「疾病を予防する」ことを放棄することは、疾病に罹患するというリスクを一定の確率で引き受けることになります。
なので、比較すべきは「接種後の健康被害」×「疾病に罹患する」であって、「接種することのリスク」×「接種しないことのリスク」なんです。
「接種することのリスク」を取るか取らないか、とらなければゼロリスクを実現できる、というのは大きな間違いと言って良いでしょう。
また、接種せずに疾病に罹患するリスクを甘受するという判断において、さらに考慮しなければいけないリスクがあります。
感染から症状を呈するまでの間に感染させる可能性がある疾病で有れば、感染源になってしまう事もあり得ます。
罹患し医療を受けることになれば、医療提供体制に負荷を掛けますし、健康保険を使えば医療保険財政に負担を与えます。
集団生活の場に入ることを拒否される可能性だってあります(集団のリスクを管理する立場からは、拒否も止む無しと思います)。
これらのリスクが忘れられがちなのは、いずれもが個人に直接的にもたらされるリスクでは無いから(またはそれを理由にもたらされるリスクだらか)だと思います。
他人にうつしたからといって損害賠償請求されることも無いでしょうし(されても余程のことが無い限り認められないでしょうし)、発症したら健康保険を使って医療を受けるのは当然の行動だと思いますから、制限されて医療が受けられないということも無いでしょう。
集団生活に入ることを拒まれるのはリスクですが、接種するもしないもそれぞれの価値判断なのだから、一方の価値判断を下した者だけを排除するのはけしからん!ということも言えるのかもしれません。
ですが、誰もいない荒野でただ一人ですべての生活が完結しているならともかく、社会生活は好む好まざるにかかわらず他者との関係性を持ち成り立っているものですから、他者へのリスクというのも考慮すべきだと考えます。
というか、他者へのリスクっていうのは、まわりまわって自らにも跳ね返ってくるリスクなんですよね。
個人に直接的にもたらされるリスクじゃないけれども、間接的にはいずれもたらされるリスクなんですから、利己的に考えても考慮すべきリスクだと思います(利己的であればある程、とも言えるかも)。
予防接種の話が長くなりましたが、他にもリスク比較が不適切だなぁと感じたものが最近もいくつかありました。
ひとつは被災地の瓦礫受け入れ問題。
神奈川県の説明会の様子をUSTで視聴しただけですが、あの場で述べられていた反対意見の殆どすべてが、自らのリスクを取るかどうかだけ(そのリスク評価も随分と過大すぎるな、というのが率直な気持ちですが)に終始していて、受け入れないことで直接的には被災地が、間接的には日本全体に及ぶリスクを考慮していないように見受けられました。
まあ、この件は私は個人的にとても感情面で刺激される部分もあるので、これ以上は言及しないように自制します。
脱原発にも見られます。
原発を即時停止!原発はただちに廃炉に!的な脱原発・反原発運動が、いまだに続いています。
原発が事故を起こした場合等のリスクだけを俎上に載せたリスク比較とそれに基づく主張に過ぎないものが少なくないですよね。
今すぐ原発を停止(or廃炉)することにより生じるリスクは、あまり(というかほとんど)検討されていません。
検討されていない、というより、「そんなリスクは無い」という主張なのかもしれませんが。
中には「生活レベルを下げれば大丈夫!原発分の電力なんていらん!」という脱原発リスク否定(?)の主張もあります。
エレベーターは要らない(もちろん、エスカレーターも)、エアコンもいらなければ家電製品も殆ど要らない、江戸時代とはいかなくても昭和の生活で良いじゃん!的な主張です。
いや、直ぐには無理だから、それ、って突っ込みたくなるような。
今の社会はインフラをはじめ、今の電力消費量を成立条件として成り立っています。
例をあげれば、エレベーターがあるから何十階もある高層ビルやタワーマンションがあるように、ATMがあるから銀行の窓口が減らせるように、DTP等の技術があるから活版印刷が無くなっていったように。
私が長男と同じ年頃だった1980年の電力消費量のざっと1.5倍の電力を、現在は使用しているそうです。
これを当時の水準に戻すとしたら、0.5の分の電力を前提としたインフラやシステムを、電力を伴わないものに変えていく等の変革が必要です。
何故なら、その変えなければいけないシステムによって生活が成り立っている人もいるし命を支えられている人もいるからです。
一気に無くなったり変えられたりするわけがないですよね。
ありもしないゼロリスクを信じ、リスク比較を誤ることで、自分自身や家族、そして同じ社会に生きる仲間たちにより大きなリスクを負わせることは避けたいものです。
今一度、リスクを避けることで新たに生じるリスクは何なのか、という視点で考えていきたいな、そんな思いを強くしている今日この頃です。
気がつけば今年は一度もブログを書いていなかったんですね。
すごーく遅ればせながら、「本年もどうぞ宜しくお願いいたします」です。
さてさて、去る1月27日に開かれた第20回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会で、ヒブ、肺炎球菌(小児)、水痘、おたふくかぜ、の4つのワクチンを予防接種法に定める1類疾病に、子宮頸がん予防、B型肝炎、肺炎球菌(成人)の3つのワクチンを2類疾病に追加することが確認されました。
「ワクチンを定める疾病に追加」って日本語としておかしいのですが、いずれ整理されていくものと思われます(資料では疾病を定める疾病に追加、という表現でしたが、明らかに疾病名だけじゃないですからねぇ)。
→当日配布資料はこちら
一部では「定期接種化!」というニュアンスで情報が飛び交っていますが、あくまでも厚生労働省の審議会で確認された段階で、「定期接種化」というためには、予防接種法の改正が行われなければなりませんから、予防接種部会では確認、という表現が正しいでしょう。
まあ、よほどのことが無い限り政府が提出する法案にはそのまま盛り込まれるでしょうから、あとは国会での審議・採決次第というところですね。
第1回の予防接種部会が開かれてから早2年がたち、開催回数は20回を数えました。
この間、様々な議論があり、数多くの参考人が参加し(私も一度呼んでいただきました)、随分と議論はつくされた感があります(少なくても定期接種化の必要性とか、予防接種制度改革の方向性とかは)。
つくされた感は、実は一昨年の夏ごろには醸しだされていて、7疾病に関するファクトシートが提出された移行、定期接種化の必要性等に罹る議論はあまり新鮮味が無いものになっていたように私は感じていました。
なので、今回の決定はとても大きな一歩であり歴史的なことでもあるのだとは思いますが、「ぎょぎょぎょっ!」という程のサプライズでも無かったと言えば、感謝が足りないのかもしれません。
ここまで漕ぎつけた部会委員の皆様、事務局の皆様、感染研をはじめ様々な関係各方面の皆様の多大な尽力があったことは間違いないですし、その方々への感謝の気持ちは決して忘れてはならないと思っています。
現時点で、疾病区分が残されたこと等やB型肝炎ワクチンの取り扱い等、もろ手を挙げて歓迎できない点も残されてはいますが、国会への法案提出が無ければ変えられないのが現在の予防接種制度ですから、段階的な改定でとにかく変えることを優先した判断自体を否定したりするつもりは毛頭ありません。
これを第一歩とし、ここで満足することなくさらなる改善に努めれば良いわけですし、委員の先生方や事務局の方からもここで終わりじゃないぞっていう気迫は感じられています。
私も、引き続き傍聴し続けながら、必要な活動を重ねていきたいと思っています。
ただ、非常に残念に感じていることが2点ほど。
1点は、委員の中に、もうお引き取り頂いた方が良いのではないか、と思われる方が何名かいらっしゃること。
もう1点は、政治の関与がまるで見えなくなっちゃったな、ということ。
前者に関しては、後々公開される議事録等をご覧いただければ、どの方のことかはお判りになるかと思います。
予防接種部会が始まって既に2年、回数にして20回。部会は、小児科医を中心とした医療関係者や接種現場の行政保健関係の皆さん、そして子育て世代の保護者の皆さん方にとっては一大事ともなる予防接種改正について議論する場です。
その部会の委員を曲がりなりにも2年務め、20回の議論を重ね(皆勤じゃ無くても相応の時間は費やしていますよね)、にも拘らず「えっ?????」というような、基礎的理解が不足しているが故の発言が飛び出すことが今も見られる現状です。
どうしましょうね、これ。
部会が扱っているテーマへの真剣さが足りないのか、理解不足・勉強不足が改善されない委員の方がいらっしゃることがとても残念でなりません。
ストレートにいえば、こういう委員の方に、関わってほしく無いな、ということです。
多分、事務局の方も頭を抱えていらっしゃるんじゃないかなと思います。
傍聴席では、「またかよー」的な空気がしばしば漂います。
後者については、予防接種部会が立ち上げられた当時は、足立信也政務官が部会に参加されたり、積極的にご自身の見解を話されていたように記憶しています。当時の上田保険局長も「不退転の決意」を口にされるほど、部会全体に「何とかするぞ!!」という意気込みが感じられていました。
ところが2年の歳月の間に、厚生労働大臣も副大臣も政務官も複数回変わってしまい、当初の熱がまるで伝わってこなくなってしまいました。
部会と事務局、政治家という3者が意気込んでいた2年前から、政治家の姿がすっぽりと欠落してしまった、そんな感じです。
予防接種制度の改正には、予防接種法の改正は不可欠ですし、法を変えるのは政治家の役割です。また、予防接種は費用対効果に優れているツールだとはいえ、費用も得られる効果も、財政面だけで見ても厚生労働省の所轄だけに収まるものではなく、他の省庁の所轄にも横断的に関わるものですから、必然的に厚生科学審議会や厚生労働省だけでは手に負えないものになるわけです。
故に、「政治主導」を存分に発揮されることが期待された事柄でありましたし、そうでなければ初期の目的を達することが困難なことは火を見るより明らかなことでありました。
しかし、政治というパーツが欠落してしまった(ように感じられる)現在では、残る2者で実現できる範囲でしか身動きできなくなってきているように見受けられます。
これではどうにもこうにもブルドック(古っ!)じゃないですけど、閉そく感たっぷりで八方塞がりになってしまうのは当然ですよね。
もともと長妻厚生労働大臣も予防接種制度に明るかったわけでは無いですし、予防接種部会に積極的に関心をお持ちだったとは思えません。厚生労働大臣はその所轄範囲が余りにも膨大ですし、大臣自らなんてことは私は当初から期待していません。
ただ、政務官という素晴らしき役職があり、実際にその政務官が大臣の手となり目となり足となり口となり(なんか順番変?)関与することで、「今回はいけるんじゃね????」的な雰囲気があり勢いがあったものですから、現状にもそれを発揮してほしいなと思っておるのもです、はい。
とにもかくにも、長年求めてきたヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種化が、正式に部会の文書となり確認されたことを心から嬉しく思います。
まだまだ課題い多き予防接種制度改革ですが、ここから今一度加速し、厚生労働行政の歴史に残るような2012年にしてほしいものです。
すごーく遅ればせながら、「本年もどうぞ宜しくお願いいたします」です。
さてさて、去る1月27日に開かれた第20回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会で、ヒブ、肺炎球菌(小児)、水痘、おたふくかぜ、の4つのワクチンを予防接種法に定める1類疾病に、子宮頸がん予防、B型肝炎、肺炎球菌(成人)の3つのワクチンを2類疾病に追加することが確認されました。
「ワクチンを定める疾病に追加」って日本語としておかしいのですが、いずれ整理されていくものと思われます(資料では疾病を定める疾病に追加、という表現でしたが、明らかに疾病名だけじゃないですからねぇ)。
→当日配布資料はこちら
一部では「定期接種化!」というニュアンスで情報が飛び交っていますが、あくまでも厚生労働省の審議会で確認された段階で、「定期接種化」というためには、予防接種法の改正が行われなければなりませんから、予防接種部会では確認、という表現が正しいでしょう。
まあ、よほどのことが無い限り政府が提出する法案にはそのまま盛り込まれるでしょうから、あとは国会での審議・採決次第というところですね。
第1回の予防接種部会が開かれてから早2年がたち、開催回数は20回を数えました。
この間、様々な議論があり、数多くの参考人が参加し(私も一度呼んでいただきました)、随分と議論はつくされた感があります(少なくても定期接種化の必要性とか、予防接種制度改革の方向性とかは)。
つくされた感は、実は一昨年の夏ごろには醸しだされていて、7疾病に関するファクトシートが提出された移行、定期接種化の必要性等に罹る議論はあまり新鮮味が無いものになっていたように私は感じていました。
なので、今回の決定はとても大きな一歩であり歴史的なことでもあるのだとは思いますが、「ぎょぎょぎょっ!」という程のサプライズでも無かったと言えば、感謝が足りないのかもしれません。
ここまで漕ぎつけた部会委員の皆様、事務局の皆様、感染研をはじめ様々な関係各方面の皆様の多大な尽力があったことは間違いないですし、その方々への感謝の気持ちは決して忘れてはならないと思っています。
現時点で、疾病区分が残されたこと等やB型肝炎ワクチンの取り扱い等、もろ手を挙げて歓迎できない点も残されてはいますが、国会への法案提出が無ければ変えられないのが現在の予防接種制度ですから、段階的な改定でとにかく変えることを優先した判断自体を否定したりするつもりは毛頭ありません。
これを第一歩とし、ここで満足することなくさらなる改善に努めれば良いわけですし、委員の先生方や事務局の方からもここで終わりじゃないぞっていう気迫は感じられています。
私も、引き続き傍聴し続けながら、必要な活動を重ねていきたいと思っています。
ただ、非常に残念に感じていることが2点ほど。
1点は、委員の中に、もうお引き取り頂いた方が良いのではないか、と思われる方が何名かいらっしゃること。
もう1点は、政治の関与がまるで見えなくなっちゃったな、ということ。
前者に関しては、後々公開される議事録等をご覧いただければ、どの方のことかはお判りになるかと思います。
予防接種部会が始まって既に2年、回数にして20回。部会は、小児科医を中心とした医療関係者や接種現場の行政保健関係の皆さん、そして子育て世代の保護者の皆さん方にとっては一大事ともなる予防接種改正について議論する場です。
その部会の委員を曲がりなりにも2年務め、20回の議論を重ね(皆勤じゃ無くても相応の時間は費やしていますよね)、にも拘らず「えっ?????」というような、基礎的理解が不足しているが故の発言が飛び出すことが今も見られる現状です。
どうしましょうね、これ。
部会が扱っているテーマへの真剣さが足りないのか、理解不足・勉強不足が改善されない委員の方がいらっしゃることがとても残念でなりません。
ストレートにいえば、こういう委員の方に、関わってほしく無いな、ということです。
多分、事務局の方も頭を抱えていらっしゃるんじゃないかなと思います。
傍聴席では、「またかよー」的な空気がしばしば漂います。
後者については、予防接種部会が立ち上げられた当時は、足立信也政務官が部会に参加されたり、積極的にご自身の見解を話されていたように記憶しています。当時の上田保険局長も「不退転の決意」を口にされるほど、部会全体に「何とかするぞ!!」という意気込みが感じられていました。
ところが2年の歳月の間に、厚生労働大臣も副大臣も政務官も複数回変わってしまい、当初の熱がまるで伝わってこなくなってしまいました。
部会と事務局、政治家という3者が意気込んでいた2年前から、政治家の姿がすっぽりと欠落してしまった、そんな感じです。
予防接種制度の改正には、予防接種法の改正は不可欠ですし、法を変えるのは政治家の役割です。また、予防接種は費用対効果に優れているツールだとはいえ、費用も得られる効果も、財政面だけで見ても厚生労働省の所轄だけに収まるものではなく、他の省庁の所轄にも横断的に関わるものですから、必然的に厚生科学審議会や厚生労働省だけでは手に負えないものになるわけです。
故に、「政治主導」を存分に発揮されることが期待された事柄でありましたし、そうでなければ初期の目的を達することが困難なことは火を見るより明らかなことでありました。
しかし、政治というパーツが欠落してしまった(ように感じられる)現在では、残る2者で実現できる範囲でしか身動きできなくなってきているように見受けられます。
これではどうにもこうにもブルドック(古っ!)じゃないですけど、閉そく感たっぷりで八方塞がりになってしまうのは当然ですよね。
もともと長妻厚生労働大臣も予防接種制度に明るかったわけでは無いですし、予防接種部会に積極的に関心をお持ちだったとは思えません。厚生労働大臣はその所轄範囲が余りにも膨大ですし、大臣自らなんてことは私は当初から期待していません。
ただ、政務官という素晴らしき役職があり、実際にその政務官が大臣の手となり目となり足となり口となり(なんか順番変?)関与することで、「今回はいけるんじゃね????」的な雰囲気があり勢いがあったものですから、現状にもそれを発揮してほしいなと思っておるのもです、はい。
とにもかくにも、長年求めてきたヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種化が、正式に部会の文書となり確認されたことを心から嬉しく思います。
まだまだ課題い多き予防接種制度改革ですが、ここから今一度加速し、厚生労働行政の歴史に残るような2012年にしてほしいものです。
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済
セービン株を用いた不活化ポリオワクチン(sIPV)と三種混合ワクチンの4種混合ワクチンの承認申請を阪大微研が行ったとのニュースが報じられています。
来秋を目途に導入という報道も先行してありましたので、今のところ、来秋販売開始を目途に承認に向けて動くのだろうと思われます。
個人的には世界初のsIPVを用いた4種混合ワクチンよりも、サノフィパスツールの単独IPVの方が色々な意味で「確認済み」のワクチンだと思っていますので、こちらに国内治験という宿題を課すのではなく、速やかに承認してしまった方が良いんじゃないだろうかと思っていたりします。
まあ、二者択一の話しにしてはいけないことなので、4種混合は速やかに、かつ確実な承認を行う。同時に単独IPVはただちに承認できるようにする、というパラな動きを期待しています。
と、ポリオ問題について触れてみましたが、私が衝撃を受けているのはヒブ・小児用肺炎球菌ワクチンの接種率の低さです。
厚労省の資料によると、9月末の時点で、ヒブが30.6%、小児用肺炎球菌が34.3%の接種率とのこと。
これは助成事業の対象となる0歳(2カ月齢)から5歳未満までの全体の数値なので、4歳児よりは0歳児の方が接種率は高く、先の数字よりは接種されているだろうと根拠なく勝手に思っています。
しかし、それでも全然高くないでしょう。
発症率が高い0歳児の接種率が他の年齢よりも高いとして、それでも細菌性髄膜炎に罹患するリスクは半分も軽減されていないのではないでしょうか。
となると、非常に乱暴な計算ですが、毎年800〜1000人が罹患していた細菌性髄膜炎に、今もなお400〜500人の子どもたちが罹患し、そのうち2〜3割の子どもたちが後遺症を残したり命を落としたりしているのです。
つまり80〜150人の子どもたちが、望ましくない予後をたどっているということです。
冒頭にポリオ問題に触れましたが、OPVよりリスクの低いIPVへの切り替えが遅れることで無用な麻痺を子どもたちに残しているのと同様に、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンを定期接種化しないことで、本来防げるはずの後遺症や死亡例を80〜150人も生じ続けているのが、ワクチン後進国「日本」の現状なのです。
何となく費用助成制度が来年度以降も継続される目途が立ったことで安堵感が漂っている雰囲気ですが、ヒブ・小児用肺炎球菌問題は、まったく危険水域を脱していないのです。
ポリオ問題でワクチン問題に興味を持たれた方も多いと思いますし、まさに喫緊の課題としてポリオワクチンが耳目を集めている今、同様に速やかに解決しなければいけない課題が山積みであることをより多くの方に知ってもらうチャンスだと思っています。
先般は朝日新聞の熊井記者が、「患者を生きる」の連載でムンプス(流行性耳下腺炎・おたふく風邪)を取り上げてくださいましたが、B型肝炎、水痘(水ぼうそう)等、ワクチンで防げる疾病(VPD=Vaccine Preventable Diseases)から子どもたちが守られておらず、防げたはずの後遺症や死亡が今なお繰り返されている現状を放っておいて良いはずがありません。
来年の今頃は、これらのワクチンが全て定期接種化されていることを願ってやみません。
そのためにも、より多くの方々に、ワクチン後進国日本の現状を知っていただきたいと思います。
来秋を目途に導入という報道も先行してありましたので、今のところ、来秋販売開始を目途に承認に向けて動くのだろうと思われます。
個人的には世界初のsIPVを用いた4種混合ワクチンよりも、サノフィパスツールの単独IPVの方が色々な意味で「確認済み」のワクチンだと思っていますので、こちらに国内治験という宿題を課すのではなく、速やかに承認してしまった方が良いんじゃないだろうかと思っていたりします。
まあ、二者択一の話しにしてはいけないことなので、4種混合は速やかに、かつ確実な承認を行う。同時に単独IPVはただちに承認できるようにする、というパラな動きを期待しています。
と、ポリオ問題について触れてみましたが、私が衝撃を受けているのはヒブ・小児用肺炎球菌ワクチンの接種率の低さです。
厚労省の資料によると、9月末の時点で、ヒブが30.6%、小児用肺炎球菌が34.3%の接種率とのこと。
これは助成事業の対象となる0歳(2カ月齢)から5歳未満までの全体の数値なので、4歳児よりは0歳児の方が接種率は高く、先の数字よりは接種されているだろうと根拠なく勝手に思っています。
しかし、それでも全然高くないでしょう。
発症率が高い0歳児の接種率が他の年齢よりも高いとして、それでも細菌性髄膜炎に罹患するリスクは半分も軽減されていないのではないでしょうか。
となると、非常に乱暴な計算ですが、毎年800〜1000人が罹患していた細菌性髄膜炎に、今もなお400〜500人の子どもたちが罹患し、そのうち2〜3割の子どもたちが後遺症を残したり命を落としたりしているのです。
つまり80〜150人の子どもたちが、望ましくない予後をたどっているということです。
冒頭にポリオ問題に触れましたが、OPVよりリスクの低いIPVへの切り替えが遅れることで無用な麻痺を子どもたちに残しているのと同様に、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンを定期接種化しないことで、本来防げるはずの後遺症や死亡例を80〜150人も生じ続けているのが、ワクチン後進国「日本」の現状なのです。
何となく費用助成制度が来年度以降も継続される目途が立ったことで安堵感が漂っている雰囲気ですが、ヒブ・小児用肺炎球菌問題は、まったく危険水域を脱していないのです。
ポリオ問題でワクチン問題に興味を持たれた方も多いと思いますし、まさに喫緊の課題としてポリオワクチンが耳目を集めている今、同様に速やかに解決しなければいけない課題が山積みであることをより多くの方に知ってもらうチャンスだと思っています。
先般は朝日新聞の熊井記者が、「患者を生きる」の連載でムンプス(流行性耳下腺炎・おたふく風邪)を取り上げてくださいましたが、B型肝炎、水痘(水ぼうそう)等、ワクチンで防げる疾病(VPD=Vaccine Preventable Diseases)から子どもたちが守られておらず、防げたはずの後遺症や死亡が今なお繰り返されている現状を放っておいて良いはずがありません。
来年の今頃は、これらのワクチンが全て定期接種化されていることを願ってやみません。
そのためにも、より多くの方々に、ワクチン後進国日本の現状を知っていただきたいと思います。
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済





