日付が変わって本日(5月29日)、多くの方々に御協力いただいた「細菌性髄膜炎の早期定期接種化を求める国会請願署名」を提出してきます。
何度かこのブログでもお知らせしておりますが、14:00より、衆議院第二議員会館第一会議室にて「細菌性髄膜炎から子どもたちを守りたい!ワクチンの早期定期接種化を求める国会内学習会」を開催し、これにあわせて署名提出に踏み切ります。
学習会にはすでに10名を超える国会議員の先生御本人の参加が予定されております。
当日参加の先生方を合わせると、もっと増えそうです。
これは、私の予想を大きく超えていて、ひとえに多くの方々の署名をはじめとする行動が大きな力となったものと思っております。
国会議員の先生方のみならず、地方自治体の議員の方も駆けつけてくれる予定です。
また、いくつかの患者団体の方々からもご参加の連絡をいただいています。
細菌性髄膜炎に係るワクチンの問題は、一つの疾病に対する事象にとどまるものではなく、我が国がおかれている「ワクチンギャップ」=他の先進諸国と比して10年以上も遅れているワクチン導入の遅れの一つであり、さらにワクチンギャップを生じている構造的原因は、ドラッグラグを生じている原因と共通する部分が多々あります。
つまり、細菌性髄膜炎の早期定期接種化を実現するための根本的な対策たる我が国の医療の構造改革は、ワクチンギャップ、ドラッグラグの解消に向けた対策であり、さらには我が国の医療行政のありかたを大きく変えることでもあります。
すでに患者団体も医療従事者も政治家の方々も、多くの方々がそれぞれの立場の違いを超えて、問題解決に向けて思いを同じくし、声を上げ、そして行動をとり始めています。
ここで、さらに国民的な世論という後押しを得られるのであれば、それは実現に向けた大きな大きな力となり、思いが現実の物となることにつながります。
そのためにも、本日の学習会には多くの方々に参加していただきたいと願っております。
会場があふれるほどの人々が詰め掛けたなら、これは本当に大きな意思表示となります。
このブログをご覧になっていただけた方々、是非、本日の国会内学習会にご参加いただけますようお願い申し上げます。
学習会は14:00から2時間ほどを予定しております。
13:30ごろより、衆議院第二議員会館の受付ロビーにて通行券を配布します。
「細菌性髄膜炎の集まりに来た」とお申し出いただければお渡しできます。
重ね重ね、1人でも多くの方のご参加をお願い申し上げます。
何度かこのブログでもお知らせしておりますが、14:00より、衆議院第二議員会館第一会議室にて「細菌性髄膜炎から子どもたちを守りたい!ワクチンの早期定期接種化を求める国会内学習会」を開催し、これにあわせて署名提出に踏み切ります。
学習会にはすでに10名を超える国会議員の先生御本人の参加が予定されております。
当日参加の先生方を合わせると、もっと増えそうです。
これは、私の予想を大きく超えていて、ひとえに多くの方々の署名をはじめとする行動が大きな力となったものと思っております。
国会議員の先生方のみならず、地方自治体の議員の方も駆けつけてくれる予定です。
また、いくつかの患者団体の方々からもご参加の連絡をいただいています。
細菌性髄膜炎に係るワクチンの問題は、一つの疾病に対する事象にとどまるものではなく、我が国がおかれている「ワクチンギャップ」=他の先進諸国と比して10年以上も遅れているワクチン導入の遅れの一つであり、さらにワクチンギャップを生じている構造的原因は、ドラッグラグを生じている原因と共通する部分が多々あります。
つまり、細菌性髄膜炎の早期定期接種化を実現するための根本的な対策たる我が国の医療の構造改革は、ワクチンギャップ、ドラッグラグの解消に向けた対策であり、さらには我が国の医療行政のありかたを大きく変えることでもあります。
すでに患者団体も医療従事者も政治家の方々も、多くの方々がそれぞれの立場の違いを超えて、問題解決に向けて思いを同じくし、声を上げ、そして行動をとり始めています。
ここで、さらに国民的な世論という後押しを得られるのであれば、それは実現に向けた大きな大きな力となり、思いが現実の物となることにつながります。
そのためにも、本日の学習会には多くの方々に参加していただきたいと願っております。
会場があふれるほどの人々が詰め掛けたなら、これは本当に大きな意思表示となります。
このブログをご覧になっていただけた方々、是非、本日の国会内学習会にご参加いただけますようお願い申し上げます。
学習会は14:00から2時間ほどを予定しております。
13:30ごろより、衆議院第二議員会館の受付ロビーにて通行券を配布します。
「細菌性髄膜炎の集まりに来た」とお申し出いただければお渡しできます。
重ね重ね、1人でも多くの方のご参加をお願い申し上げます。
日経BPの「SAFTY JAPAN」で経済アナリストの森永卓郎氏が「構造改革をどう生きるか〜成果主義・拝金思想を疑え!〜」とのコラムを連載しています。
「医療費のコスト削減策はこんなにある」と題した5月26日付けのコラムは、多忙な森永氏が執筆したとしても、看過できない知識不足や暴論が展開されています。
以下、私が気づいた点を指摘します。
まず導入部分。
「年金でぎりぎりの生活をしている高齢者にとって、この金額はあまりにも厳しいとわたしは思う。」という高齢者の負担感についての記述はそのとおりだと思います。戴けないのは次の部分「厚生労働省や政治家は、国民の負担を増やす前に、なぜ医療コストを削減する努力をしないのか。彼らはその点について一切触れようとしない。そして、国民に対して『高齢化が進むと医療費が増えるのが当然』だと信じ込ませようとしているのである。」
ここには二つの認識不足があります。
ひとつ目は、厚生労働省は既に医療コストの削減は、これでもかと取り組んでいるという事実を認識されていないという点です。わが国の医療は国民皆保険であり、医療機関が保険診療を行った場合は「診療報酬点数表」に沿った報酬を受け取ります。この診療報酬は原則として2年に1回、見直されますが、直近では4回連続の引き下げ(08年4月は、技術料は引き上げだが薬剤・材料代等が引き下げられトータルではマイナス)です。また、療養病床の削減をはじめとする入院期間の短縮、後発医薬品の促進策、維持期のリハビリテーション等の保険給付外し等等、理屈も道理もなく「医療費削減ありき」の施策を重ねています。医療分野について文章を書く方なら、どなたでも承知している事実を、ご存じないのかと疑ってしまいます。
もうひとつは医療経済学の上でも明らかな「高齢化が進むと医療費が増える」ことをあたかも厚生労働省のブラフであるかのように言及している点です。高齢化が進めば、同一の保険制度を維持し続ける限り医療費は増えます。なぜなら高齢化と共に有病率は高まるからです。医療費の伸びは医療技術の進歩と高齢化が大きな要因です。高齢化が進んでも医療費が増えないというためには、不老不死を実現するか、有病率が高まっても医療費を増やさないという枠組みを作るしかないし、そのどちらも現実的には存在していません。ゆえに、高齢化が進むと医療費が増えるのは当然であり、「信じ込ませよう」と受け止める森永氏の認識がおかしいのです。
「医療費が増えているのに医療サービスが低下する矛盾」との節では、更なる認識不足が指摘できます。
「しかし、冷静になって考えてみると、これだけ毎年医療費が増えているにもかかわらず、医療の内容がよくなっていないのは不思議である。確かに先端 医療の技術は進歩しているのかもしれないが、ごく一般の診療を見る限り、病院はどこも大混雑。さんざん待たされたあげく、5分しか診てもらえないというのが実情である。
支払いは増えているのにサービスが低下している。これはどう考えても納得できない。医療費増大の原因は本当に高齢化だけが原因なのか。医療のコスト構造自体も、じっくりと検討すべきときに来ているのではないだろうか。」とここでも二年に一度見直されている診療報酬の変化をご存じないかの認識が示されています。
同じ制度下で、高齢化による自然増分の医療費が増えているのであれば、医療の質は変化しません。高齢化による自然増を上回る医療費増なら、医療の質の向上に寄与する可能性を期待できます。しかし、実際には高齢化による自然増どころか、診療報酬は4回連続でマイナスです。単純にコストパフォーマンスが変わらないとすれば、患者の受ける医療サービスの質は低下すると考えられます。
しかし、その低下を、医療従事者の努力や技術の進歩で補ってきたのが21世紀の日本の医療です。そしてその努力が限界に達し、現場の医療従事者が疲弊しきってしまっているのが今の「医療崩壊」の現状なのです。この実態をご存知なら、先の「よくなっていないのは不思議である」という分析は生じないと思われます。
恐らく、森永氏は医療の実態についてはあまりよくご存知ではないのではないでしょうか。同じくBPネットの日経メディカルをご覧になっていれば、このような認識にはならないのではないかと思います。だからこそ、「医療コスト削減策を何も考えずに、ただ医療費を増やすだけという方法で対処していけば、遅かれ早かれ日本の医療制度はパンクすることは間違いない。」という、「医療制度をパンクさせないために、行き過ぎた医療費削減策を見直し、医療費を増やす」という医療界の大方の論と正反対の結論が導き出されるのではないでしょうか。
ここまででも、森永氏があまり医療の現状について理解さずにこのコラムを執筆されていることが推察できます。認識不足なのです。
暴論といっても過言ではない、看過できない論は「医師の数を増やして医療コストを削減せよ」の節に登場します。
待った無しの医師不足の解消策について、「例えば、こうしてみたらどうだろうか。」として「医師の資格も1級と2級に分けて仕事を分担するのである。」とのアイディアを披露しています。ここでこの案にかかる説明としてトンデモない暴論が飛び出します。「確かに、先端医療の場合には、高度な知識や技術が必要なことはわかる。しかし、中高年やお年寄りに多い慢性疾患の場合は、さほど高度な医療判断が 必要だとは思えない。極端なことを言えば、医者は話の聞き役にまわればよく、出す答えもほぼ決まりきったもののことが多い。」と先端医療(氏の定義はどのようなものなのかは触れられていませんが)は高度な専門性を要求され、慢性疾患には高度な医療判断は必要ない、とし慢性疾患は「2級医師は4年制で卒業可能として、とりあえず大量に育成する」「最近の若者には、福祉の分野で働きたいという意欲を持つ人が多いから、人は集まるだろう。病院が彼らを年収300万円ほどで雇えば、若年層の失業対策にもなる」「そうした2級医師を採用して「早い、安い」を売り物にすれば人気が出るだろう。」と展開しています。
森永氏の暴論の極みは「慢性疾患なら現在の医師が見る必要はない。」と言い切ってしまう、理解不足でしょう。現在、慢性疾患の治療に携わっている医師・医療従事者や、治療を受けている患者がこの論を目にしたら、どう思うのでしょうか。
確かに高度先進医療などは、広く普及する前の新規開発の技術であり高い専門性を要します。
しかし、だからといって慢性疾患がそれに比して専門的ではないなどという二分法は成り立たちません。医師も薬剤師も、さまざまな医療従事者や研究者が、日々、慢性疾患治療のエビデンスの確立や新たな治療法・薬品の開発、より効果的な指導等の研究に励んでいます。これは研究機関に属する場合に限らず、多くの臨床医も携わっていますし、臨床医だからこそ担える要素も少なくありません。医師らの学会活動などを少しでも目にしたことがあれば、慢性疾患に対する専門性を否定す
るなど、到底できないでしょう。
また、「出す答えもほぼ決まりきったもののことが多い」という点の解釈も、事象の検証を生業とされるアナリストとは思えません。高い専門性を身につけているからこそ、エビデンスに基づく結論として多くの場合が同様の結果となるだけであり、より重要なのは、この「標準的」な経過や反応を辿らない患者に対してのアプローチなのです。医療が工業製品生産のように画一化できないのは、人体があまりにも複雑なメカニズムを有し、そのすべてが解明されているわけではなく、ゆえに、個体による個別性が高いからこそです。その個別性を無視すれば、専門性も否定できるのでしょうが、その様な医師に誰が診察を受けたいと思うでしょうか。私は、個体差を診きれない医師に診察を受けたいとは思いません。この個体差を見切れる能力は専門性がもたら
すものであり、故に医療を急性期と慢性期で二分し、医師を階層化しようという発想は、医療を知らないゆえの暴論でしかないでしょう。
さらに、「歯科医を医師にするアイデアが実現しない理由」の節では、歯科医師について「医療についての知識は当然持ち合わせている。少なくとも、一般の医療活動ならば十分にできる。」と、曖昧模糊とした「一般の医療活動」という定義を持ち出します。一般の医療とはなんでしょうか?今までの文章から垣間見える森永氏の医療に対する認識からすると、私にはとても想像がつきません。
しかし、どうやら「麻酔」は「一般の医療活動」に該当するようです。「なかでも麻酔ならばお手のものだ。病院での麻酔医の不足が大きな問題となっているなか、日常的に麻酔を使っている歯科医は貴重な存在である。麻酔医を増やすためのコストがほとんどかからないので、確実に医療費の削減につながる。」と歯科医師に麻酔科医として活躍してもらうアイディアを披露されています。このアイディア自体は、少なからず耳にした事のあるアイディアで、そのこと自体を全面否定するつもりはありません。ただし、麻酔を「一般の医療活動」と定義づけた森永氏は、やはり歯科医師の専門性、麻酔科医の専門性を全く無視した論を展開されます。「そして言うまでもなく、歯科医も消毒はするし手術もする。やっていることは医師と同じなのだ。耳鼻科医が医師であるのは、頭に近いデリケートな部 分にかかわる医療をするからだろう。ならば、歯科医も医師であって悪いことはどこにもない。いますぐ、歯医者も医者をしていいという法律を定めれば、医師 不足や医療コストの問題は解決するのだ。」との移行論には、歯科医師、麻酔科医双方への尊敬のかけらも感じられません。全くの同一視です。
もうお分かりのように、森永氏は歯科医師が歯科医師として研鑽を積んだ歯科医療の専門性も、麻酔科医の専門性もまるで見えていません。現在、麻酔科医不足が指摘されていますが、歯科医師が直ちに麻酔科医として活躍できるのなら、麻酔科医不足は存在しないのです。なぜなら、麻酔科医が不足して手術が立ち行かなくなった病院には、麻酔科医以外の医師は存在しており、その麻酔科医以外の医師が麻酔科医となればいいからです。しかし、現実には同じ医師であっても麻酔科医として活躍する他の科の医師はほとんどいません。なぜなら、やはり歯科医師も含め、医師はそれぞれの科の専門家であり、森永氏の定義する「一般の医療活動」においても専門性を求められるが故に、そうそう麻酔科医の代わりにはなりえないのです。
もちろん、歯科医師に麻酔科医として活躍してもらうという可能性はゼロではないでしょう。しかし、その場合であっても、医師、そして麻酔科医としての専門性を身につけ臨床研修を積むことは必須であり、一朝一夕で実現する策ではないのです。
そして、最後には陰謀論で締めくくっています。
「歯科医を医師にせよという意見は、いままでにもあった。だが、残念ながら厚生労働省に門前払いにされ、検討さえされていない。その理由は見当がつく。日本医師会が自民党の有力な支援団体だからだろう。なんだかんだいっても、医師会は自分たちの利権を守ろうとしており、その意向に政府・与党は逆らうことができないのである。」と、日本医師会の政治力が歯科医を医師として活用するという道を阻害していると指摘しています。しかし、日本医師会がその様な圧力をかけたという事実は無いし、そのような検討が公的にされたこともありません。そしてそもそも、自民党の支援団体としては日本歯科医師会も同様であり、昨年の参議院選挙では日本医師会推薦の現職厚生労働副大臣が落選し、日本歯科医師会推薦の新人が当選を果たしているのです。そういう点から言えば、どちらも有力な支援団体であり、日本医師会だけが「エゴ」を徹し続けているという理解は無理があるのではないでしょうかうか。
そもそも歯科医師を医師へというアイディア自体、先の専門性以外の点でもクリアすべき課題があり、なかなか簡単にはいきません。そして、厚生労働省が医師不足を認めたのも、実はごく最近のことであり、故に「医師を増やす必要性」を論じ始めたのも最近のことなのです。日本医師会の陰謀が働く余地はなかったのです。
この日のコラムを通じて感じるのは、森永氏はどうも最近のマクロな医療経済についてご存じないだけではなく、そもそもミクロな視点に偏って執筆されているのではないかという印象です。医療分野に身をおいているわけではない森永氏が、身近に目にした事柄や印象、そして断片的に得た情報に基づき、全体像を俯瞰することなく書かれてはいないだろうかと感じざるを得ません。
最後のセンテンスで「その結果、取りやすいところから金をとろうとして医療費が上がるわけだ。医療費を上げても、デモもストライキもやらないおとなしい国民だから、政治家にとってこんな楽なものはない。」という、現場誤認で締めくくられているあたり、あながち的外れな印象ではないのではと思ったりします。
そういえばこのコラムの最初は「取りやすい後期高齢者」から、「お金をとろう」として「悲鳴が上がっている」ことからはじまったんじゃなかったでしょうか。頭とお尻でちょっと矛盾しています。
医師や歯科医師の白衣のデモなんかも、最近のニュースで流れていたけど、ご覧になっていないんでしょうか。
森永氏が御友人の方々と、一杯やりながら語る分には、なんら問題ありません。
しかし、マスコミにも登場し、発言に相応の影響力のある立場の方が、このような文章を披露されることは、ちょっといかがかなと感じざるをえません。
我が国の医療政策は、長らく「医療費亡国論」の呪縛にとらわれ続けていました。
そのために、削減ありきの過度な医療費抑制策が推し進められ、現在の医療崩壊をもたらす様々な要因を生み出してきたのです。
ようやく、医療従事者も患者団体も、市民も有識者も、声を大にして「医療費を増やそう」と訴えるにいたり、政治家の方々からも同様の声が上がってきているという状況が生まれてきました。
そのような、積み重ねられた忍耐と努力に水をさすような論は、到底看過できません。
珍しく、ちょっと頭にきたので、長文を書いてみました。
「医療費のコスト削減策はこんなにある」と題した5月26日付けのコラムは、多忙な森永氏が執筆したとしても、看過できない知識不足や暴論が展開されています。
以下、私が気づいた点を指摘します。
まず導入部分。
「年金でぎりぎりの生活をしている高齢者にとって、この金額はあまりにも厳しいとわたしは思う。」という高齢者の負担感についての記述はそのとおりだと思います。戴けないのは次の部分「厚生労働省や政治家は、国民の負担を増やす前に、なぜ医療コストを削減する努力をしないのか。彼らはその点について一切触れようとしない。そして、国民に対して『高齢化が進むと医療費が増えるのが当然』だと信じ込ませようとしているのである。」
ここには二つの認識不足があります。
ひとつ目は、厚生労働省は既に医療コストの削減は、これでもかと取り組んでいるという事実を認識されていないという点です。わが国の医療は国民皆保険であり、医療機関が保険診療を行った場合は「診療報酬点数表」に沿った報酬を受け取ります。この診療報酬は原則として2年に1回、見直されますが、直近では4回連続の引き下げ(08年4月は、技術料は引き上げだが薬剤・材料代等が引き下げられトータルではマイナス)です。また、療養病床の削減をはじめとする入院期間の短縮、後発医薬品の促進策、維持期のリハビリテーション等の保険給付外し等等、理屈も道理もなく「医療費削減ありき」の施策を重ねています。医療分野について文章を書く方なら、どなたでも承知している事実を、ご存じないのかと疑ってしまいます。
もうひとつは医療経済学の上でも明らかな「高齢化が進むと医療費が増える」ことをあたかも厚生労働省のブラフであるかのように言及している点です。高齢化が進めば、同一の保険制度を維持し続ける限り医療費は増えます。なぜなら高齢化と共に有病率は高まるからです。医療費の伸びは医療技術の進歩と高齢化が大きな要因です。高齢化が進んでも医療費が増えないというためには、不老不死を実現するか、有病率が高まっても医療費を増やさないという枠組みを作るしかないし、そのどちらも現実的には存在していません。ゆえに、高齢化が進むと医療費が増えるのは当然であり、「信じ込ませよう」と受け止める森永氏の認識がおかしいのです。
「医療費が増えているのに医療サービスが低下する矛盾」との節では、更なる認識不足が指摘できます。
「しかし、冷静になって考えてみると、これだけ毎年医療費が増えているにもかかわらず、医療の内容がよくなっていないのは不思議である。確かに先端 医療の技術は進歩しているのかもしれないが、ごく一般の診療を見る限り、病院はどこも大混雑。さんざん待たされたあげく、5分しか診てもらえないというのが実情である。
支払いは増えているのにサービスが低下している。これはどう考えても納得できない。医療費増大の原因は本当に高齢化だけが原因なのか。医療のコスト構造自体も、じっくりと検討すべきときに来ているのではないだろうか。」とここでも二年に一度見直されている診療報酬の変化をご存じないかの認識が示されています。
同じ制度下で、高齢化による自然増分の医療費が増えているのであれば、医療の質は変化しません。高齢化による自然増を上回る医療費増なら、医療の質の向上に寄与する可能性を期待できます。しかし、実際には高齢化による自然増どころか、診療報酬は4回連続でマイナスです。単純にコストパフォーマンスが変わらないとすれば、患者の受ける医療サービスの質は低下すると考えられます。
しかし、その低下を、医療従事者の努力や技術の進歩で補ってきたのが21世紀の日本の医療です。そしてその努力が限界に達し、現場の医療従事者が疲弊しきってしまっているのが今の「医療崩壊」の現状なのです。この実態をご存知なら、先の「よくなっていないのは不思議である」という分析は生じないと思われます。
恐らく、森永氏は医療の実態についてはあまりよくご存知ではないのではないでしょうか。同じくBPネットの日経メディカルをご覧になっていれば、このような認識にはならないのではないかと思います。だからこそ、「医療コスト削減策を何も考えずに、ただ医療費を増やすだけという方法で対処していけば、遅かれ早かれ日本の医療制度はパンクすることは間違いない。」という、「医療制度をパンクさせないために、行き過ぎた医療費削減策を見直し、医療費を増やす」という医療界の大方の論と正反対の結論が導き出されるのではないでしょうか。
ここまででも、森永氏があまり医療の現状について理解さずにこのコラムを執筆されていることが推察できます。認識不足なのです。
暴論といっても過言ではない、看過できない論は「医師の数を増やして医療コストを削減せよ」の節に登場します。
待った無しの医師不足の解消策について、「例えば、こうしてみたらどうだろうか。」として「医師の資格も1級と2級に分けて仕事を分担するのである。」とのアイディアを披露しています。ここでこの案にかかる説明としてトンデモない暴論が飛び出します。「確かに、先端医療の場合には、高度な知識や技術が必要なことはわかる。しかし、中高年やお年寄りに多い慢性疾患の場合は、さほど高度な医療判断が 必要だとは思えない。極端なことを言えば、医者は話の聞き役にまわればよく、出す答えもほぼ決まりきったもののことが多い。」と先端医療(氏の定義はどのようなものなのかは触れられていませんが)は高度な専門性を要求され、慢性疾患には高度な医療判断は必要ない、とし慢性疾患は「2級医師は4年制で卒業可能として、とりあえず大量に育成する」「最近の若者には、福祉の分野で働きたいという意欲を持つ人が多いから、人は集まるだろう。病院が彼らを年収300万円ほどで雇えば、若年層の失業対策にもなる」「そうした2級医師を採用して「早い、安い」を売り物にすれば人気が出るだろう。」と展開しています。
森永氏の暴論の極みは「慢性疾患なら現在の医師が見る必要はない。」と言い切ってしまう、理解不足でしょう。現在、慢性疾患の治療に携わっている医師・医療従事者や、治療を受けている患者がこの論を目にしたら、どう思うのでしょうか。
確かに高度先進医療などは、広く普及する前の新規開発の技術であり高い専門性を要します。
しかし、だからといって慢性疾患がそれに比して専門的ではないなどという二分法は成り立たちません。医師も薬剤師も、さまざまな医療従事者や研究者が、日々、慢性疾患治療のエビデンスの確立や新たな治療法・薬品の開発、より効果的な指導等の研究に励んでいます。これは研究機関に属する場合に限らず、多くの臨床医も携わっていますし、臨床医だからこそ担える要素も少なくありません。医師らの学会活動などを少しでも目にしたことがあれば、慢性疾患に対する専門性を否定す
るなど、到底できないでしょう。
また、「出す答えもほぼ決まりきったもののことが多い」という点の解釈も、事象の検証を生業とされるアナリストとは思えません。高い専門性を身につけているからこそ、エビデンスに基づく結論として多くの場合が同様の結果となるだけであり、より重要なのは、この「標準的」な経過や反応を辿らない患者に対してのアプローチなのです。医療が工業製品生産のように画一化できないのは、人体があまりにも複雑なメカニズムを有し、そのすべてが解明されているわけではなく、ゆえに、個体による個別性が高いからこそです。その個別性を無視すれば、専門性も否定できるのでしょうが、その様な医師に誰が診察を受けたいと思うでしょうか。私は、個体差を診きれない医師に診察を受けたいとは思いません。この個体差を見切れる能力は専門性がもたら
すものであり、故に医療を急性期と慢性期で二分し、医師を階層化しようという発想は、医療を知らないゆえの暴論でしかないでしょう。
さらに、「歯科医を医師にするアイデアが実現しない理由」の節では、歯科医師について「医療についての知識は当然持ち合わせている。少なくとも、一般の医療活動ならば十分にできる。」と、曖昧模糊とした「一般の医療活動」という定義を持ち出します。一般の医療とはなんでしょうか?今までの文章から垣間見える森永氏の医療に対する認識からすると、私にはとても想像がつきません。
しかし、どうやら「麻酔」は「一般の医療活動」に該当するようです。「なかでも麻酔ならばお手のものだ。病院での麻酔医の不足が大きな問題となっているなか、日常的に麻酔を使っている歯科医は貴重な存在である。麻酔医を増やすためのコストがほとんどかからないので、確実に医療費の削減につながる。」と歯科医師に麻酔科医として活躍してもらうアイディアを披露されています。このアイディア自体は、少なからず耳にした事のあるアイディアで、そのこと自体を全面否定するつもりはありません。ただし、麻酔を「一般の医療活動」と定義づけた森永氏は、やはり歯科医師の専門性、麻酔科医の専門性を全く無視した論を展開されます。「そして言うまでもなく、歯科医も消毒はするし手術もする。やっていることは医師と同じなのだ。耳鼻科医が医師であるのは、頭に近いデリケートな部 分にかかわる医療をするからだろう。ならば、歯科医も医師であって悪いことはどこにもない。いますぐ、歯医者も医者をしていいという法律を定めれば、医師 不足や医療コストの問題は解決するのだ。」との移行論には、歯科医師、麻酔科医双方への尊敬のかけらも感じられません。全くの同一視です。
もうお分かりのように、森永氏は歯科医師が歯科医師として研鑽を積んだ歯科医療の専門性も、麻酔科医の専門性もまるで見えていません。現在、麻酔科医不足が指摘されていますが、歯科医師が直ちに麻酔科医として活躍できるのなら、麻酔科医不足は存在しないのです。なぜなら、麻酔科医が不足して手術が立ち行かなくなった病院には、麻酔科医以外の医師は存在しており、その麻酔科医以外の医師が麻酔科医となればいいからです。しかし、現実には同じ医師であっても麻酔科医として活躍する他の科の医師はほとんどいません。なぜなら、やはり歯科医師も含め、医師はそれぞれの科の専門家であり、森永氏の定義する「一般の医療活動」においても専門性を求められるが故に、そうそう麻酔科医の代わりにはなりえないのです。
もちろん、歯科医師に麻酔科医として活躍してもらうという可能性はゼロではないでしょう。しかし、その場合であっても、医師、そして麻酔科医としての専門性を身につけ臨床研修を積むことは必須であり、一朝一夕で実現する策ではないのです。
そして、最後には陰謀論で締めくくっています。
「歯科医を医師にせよという意見は、いままでにもあった。だが、残念ながら厚生労働省に門前払いにされ、検討さえされていない。その理由は見当がつく。日本医師会が自民党の有力な支援団体だからだろう。なんだかんだいっても、医師会は自分たちの利権を守ろうとしており、その意向に政府・与党は逆らうことができないのである。」と、日本医師会の政治力が歯科医を医師として活用するという道を阻害していると指摘しています。しかし、日本医師会がその様な圧力をかけたという事実は無いし、そのような検討が公的にされたこともありません。そしてそもそも、自民党の支援団体としては日本歯科医師会も同様であり、昨年の参議院選挙では日本医師会推薦の現職厚生労働副大臣が落選し、日本歯科医師会推薦の新人が当選を果たしているのです。そういう点から言えば、どちらも有力な支援団体であり、日本医師会だけが「エゴ」を徹し続けているという理解は無理があるのではないでしょうかうか。
そもそも歯科医師を医師へというアイディア自体、先の専門性以外の点でもクリアすべき課題があり、なかなか簡単にはいきません。そして、厚生労働省が医師不足を認めたのも、実はごく最近のことであり、故に「医師を増やす必要性」を論じ始めたのも最近のことなのです。日本医師会の陰謀が働く余地はなかったのです。
この日のコラムを通じて感じるのは、森永氏はどうも最近のマクロな医療経済についてご存じないだけではなく、そもそもミクロな視点に偏って執筆されているのではないかという印象です。医療分野に身をおいているわけではない森永氏が、身近に目にした事柄や印象、そして断片的に得た情報に基づき、全体像を俯瞰することなく書かれてはいないだろうかと感じざるを得ません。
最後のセンテンスで「その結果、取りやすいところから金をとろうとして医療費が上がるわけだ。医療費を上げても、デモもストライキもやらないおとなしい国民だから、政治家にとってこんな楽なものはない。」という、現場誤認で締めくくられているあたり、あながち的外れな印象ではないのではと思ったりします。
そういえばこのコラムの最初は「取りやすい後期高齢者」から、「お金をとろう」として「悲鳴が上がっている」ことからはじまったんじゃなかったでしょうか。頭とお尻でちょっと矛盾しています。
医師や歯科医師の白衣のデモなんかも、最近のニュースで流れていたけど、ご覧になっていないんでしょうか。
森永氏が御友人の方々と、一杯やりながら語る分には、なんら問題ありません。
しかし、マスコミにも登場し、発言に相応の影響力のある立場の方が、このような文章を披露されることは、ちょっといかがかなと感じざるをえません。
我が国の医療政策は、長らく「医療費亡国論」の呪縛にとらわれ続けていました。
そのために、削減ありきの過度な医療費抑制策が推し進められ、現在の医療崩壊をもたらす様々な要因を生み出してきたのです。
ようやく、医療従事者も患者団体も、市民も有識者も、声を大にして「医療費を増やそう」と訴えるにいたり、政治家の方々からも同様の声が上がってきているという状況が生まれてきました。
そのような、積み重ねられた忍耐と努力に水をさすような論は、到底看過できません。
珍しく、ちょっと頭にきたので、長文を書いてみました。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
いよいよ今週の木曜日、5月29日、「細菌性髄膜炎の早期定期接種化を求める請願署名」を提出し、あわせて国会内で学習会を開きます。
今回の学習会では、細菌性髄膜炎の当事者と家族、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の会員の皆様、活動を支援してくださっている小児科をはじめとする医師・歯科医師の方々、国会議員、地方議員の先生方などなど、多方面からの参加が予定されています。
また、千葉大学の石和田稔彦先生による細菌性髄膜炎やワクチンの最新の知見を学ぶミニ学術研修も行います。
集まった方々に、ワクチンで防ぐことができる細菌性髄膜炎にかかってしまった当事者やその家族の想いを伝え、もうこれ以上、同じ思いを、同じ経験をする子どもたちや家族を増やさないという決意を共有できればと願っております。
この集まりはどなたでも参加できます。
お時間が許されるようでしたら、是非、ご参加ください。
日時:2008年5月29日(木)14:00〜
場所:衆議院第二議員会館第一会議室
今回の学習会では、細菌性髄膜炎の当事者と家族、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の会員の皆様、活動を支援してくださっている小児科をはじめとする医師・歯科医師の方々、国会議員、地方議員の先生方などなど、多方面からの参加が予定されています。
また、千葉大学の石和田稔彦先生による細菌性髄膜炎やワクチンの最新の知見を学ぶミニ学術研修も行います。
集まった方々に、ワクチンで防ぐことができる細菌性髄膜炎にかかってしまった当事者やその家族の想いを伝え、もうこれ以上、同じ思いを、同じ経験をする子どもたちや家族を増やさないという決意を共有できればと願っております。
この集まりはどなたでも参加できます。
お時間が許されるようでしたら、是非、ご参加ください。
日時:2008年5月29日(木)14:00〜
場所:衆議院第二議員会館第一会議室
社会保障国民会議での年金シュミレーションが公表されたことに伴い、税制改革論議が活発化しています。
基礎年金の国庫負担額が現行の1/3から1/2に引き上げられることに伴う財源確保が直接的なきっかけですが、民主党の主張にあるような全額税方式(国庫負担1/1)とした場合はどうなるのかといった内容も試算しています。
当然、税制改革の方向性は必要な財源の確保、すなわち「増税」となります。
ところで「日本税制改革協議会」という組織を御存知でしょうか?
「いかなる増税にも反対する」という組織です。
ここの税金の捉え方は、私の認識(というか多くの方の認識)とは異なるように感じます。
「JTRの考え」というコンテンツを読むと、どうも税金は国家が国民を縛る物、という捉え方のようです。
故に、税金は「シンプルで公平かつ判りやすく均一に安い必要」があるとして、「小さな政府」を目指すのだそうです。
私はこの協議会に参加している議員の方々に聞いてみたいです。
「小さな政府」を目指すことと、子どもたちにツケを回さないことを、どう両立しようとしているのか、と。
私は権丈善一先生や与謝野馨衆議院議員がが主張されるように、アメリカ並みに低い我が国の国民負担負担率をもう少し引き上げ、医療・福祉・教育に回す、「中負担・中福祉」の国家を目指すべきと考えています。
「政府の規模」は、資本主義社会における富を必要原則による再配分する機能=誰もが平等に利用すべきサービスの給付により実現、の規模と捉えますので、「小さな政府」では必要原則によるサービス(医療、介護、教育、等)が市場原理に委ねられる割合が高い社会となってしまいます。
実際に小さな政府により医療給付を市場原理に委ねているアメリカの医療消費は所得と相関しますし(低所得者の医療消費は少なく、高所得者の医療消費は多い)、教育について言えば、すでに我が国では東大進学者の親の年収は1,000万円を超えているそうで、明らかに所得格差が子どもの教育機会に格差をもたらしていると推察できます。
小さな政府を目指すということは、これらの格差をより大きくすることに他ならないのですが、日本税制改革協議会では同時に「子どもたちにツケを回さない」とうたっています。
私にはこの結びつきが良くわからないのです。
この二つのスローガンの整合性を論理的に説明できないのであれば、これは有権者に対し実現不可能な公約を掲げているに等しいといえます。
市川市議会でトップ当選のプリティ長島議員も日本税制改革協議会の趣旨に賛同して署名したようです。
プリティさんはこのブログ、見てないよなぁ…。
私は子どもたちにツケを回さないためにも、国民負担率を高める=増税や社会保険料を引き上げることによって国民が広く負担し、その税金を医療や介護、教育を必要とする人たちに還元する、負担も大きいけれども公的給付も手厚い社会の実現を強く望んでいます。
四街道市の乳幼児医療費助成制度拡充の署名活動に参加したときも、現在の定期接種化実現の活動を通じても、また、ゼロの会や後期高齢者医療問題を考えているときも、仕事や子育てを通じて常日頃より「医療や教育は十分な量を利用料の心配なく享受できるようにして欲しいな。そこにお金の心配が無いなら、もう少し税金が高くてもいいや」と北欧型の社会になればいいなと考えていた私の思考を、論路だてて説明されていたのが権丈善一先生です。
このブログをご覧になってくださっている皆さん、まだのようでしたら是非とも権丈先生の書かれた文章をお読みになってください。
基礎年金の国庫負担額が現行の1/3から1/2に引き上げられることに伴う財源確保が直接的なきっかけですが、民主党の主張にあるような全額税方式(国庫負担1/1)とした場合はどうなるのかといった内容も試算しています。
当然、税制改革の方向性は必要な財源の確保、すなわち「増税」となります。
ところで「日本税制改革協議会」という組織を御存知でしょうか?
「いかなる増税にも反対する」という組織です。
ここの税金の捉え方は、私の認識(というか多くの方の認識)とは異なるように感じます。
「JTRの考え」というコンテンツを読むと、どうも税金は国家が国民を縛る物、という捉え方のようです。
故に、税金は「シンプルで公平かつ判りやすく均一に安い必要」があるとして、「小さな政府」を目指すのだそうです。
私はこの協議会に参加している議員の方々に聞いてみたいです。
「小さな政府」を目指すことと、子どもたちにツケを回さないことを、どう両立しようとしているのか、と。
私は権丈善一先生や与謝野馨衆議院議員がが主張されるように、アメリカ並みに低い我が国の国民負担負担率をもう少し引き上げ、医療・福祉・教育に回す、「中負担・中福祉」の国家を目指すべきと考えています。
「政府の規模」は、資本主義社会における富を必要原則による再配分する機能=誰もが平等に利用すべきサービスの給付により実現、の規模と捉えますので、「小さな政府」では必要原則によるサービス(医療、介護、教育、等)が市場原理に委ねられる割合が高い社会となってしまいます。
実際に小さな政府により医療給付を市場原理に委ねているアメリカの医療消費は所得と相関しますし(低所得者の医療消費は少なく、高所得者の医療消費は多い)、教育について言えば、すでに我が国では東大進学者の親の年収は1,000万円を超えているそうで、明らかに所得格差が子どもの教育機会に格差をもたらしていると推察できます。
小さな政府を目指すということは、これらの格差をより大きくすることに他ならないのですが、日本税制改革協議会では同時に「子どもたちにツケを回さない」とうたっています。
私にはこの結びつきが良くわからないのです。
この二つのスローガンの整合性を論理的に説明できないのであれば、これは有権者に対し実現不可能な公約を掲げているに等しいといえます。
市川市議会でトップ当選のプリティ長島議員も日本税制改革協議会の趣旨に賛同して署名したようです。
プリティさんはこのブログ、見てないよなぁ…。
私は子どもたちにツケを回さないためにも、国民負担率を高める=増税や社会保険料を引き上げることによって国民が広く負担し、その税金を医療や介護、教育を必要とする人たちに還元する、負担も大きいけれども公的給付も手厚い社会の実現を強く望んでいます。
四街道市の乳幼児医療費助成制度拡充の署名活動に参加したときも、現在の定期接種化実現の活動を通じても、また、ゼロの会や後期高齢者医療問題を考えているときも、仕事や子育てを通じて常日頃より「医療や教育は十分な量を利用料の心配なく享受できるようにして欲しいな。そこにお金の心配が無いなら、もう少し税金が高くてもいいや」と北欧型の社会になればいいなと考えていた私の思考を、論路だてて説明されていたのが権丈善一先生です。
このブログをご覧になってくださっている皆さん、まだのようでしたら是非とも権丈先生の書かれた文章をお読みになってください。
過日、あるセミナーで他の患者団体の方々と共に学ぶ機会がありました。
キャンサーネットジャパンの柳澤事務局長、PPHの会の村上代表、スマイリーの片木代表、その他にも本当に多くの方々と席を共にさせていただきました。
他の団体の方とお会いし、活動を交流することは、非常に刺激を受け、勉強となります。
私はできるだけそのような場には足を運ぶようにしています。
そして、今回、感じたことは、各疾患ごとに患者団体が奮闘しているわけですが、疾病の枠を超えた連携も必要なのだということです。
それぞれの団体が取り組む課題は、本当に多岐にわたります。
しかし、結構、共通する部分ってあるんですよね。
例えば、冒頭にお名前を紹介した団体の方々とは、ドラッグラグの問題や予防の重要性、疾病の啓蒙など、意識を共にできる部分が多々あるのです。
世界規模で見ても国際患者団体連合会(IAPO)のような動きも出てきています。
このような連携は患者団体の力を強めることにもつながります。
アメリカではACIPという場を通じるなど、患者団体が政策提言を行っていくだけの力を身に付け、制度がその機会を保障しています。
私も患者団体活動に携わっている人間として、患者の声を政策に反映させる方途を考えていかなければいけないなと考える今日この頃です。
すみません、本当に独り言のような物です。
キャンサーネットジャパンの柳澤事務局長、PPHの会の村上代表、スマイリーの片木代表、その他にも本当に多くの方々と席を共にさせていただきました。
他の団体の方とお会いし、活動を交流することは、非常に刺激を受け、勉強となります。
私はできるだけそのような場には足を運ぶようにしています。
そして、今回、感じたことは、各疾患ごとに患者団体が奮闘しているわけですが、疾病の枠を超えた連携も必要なのだということです。
それぞれの団体が取り組む課題は、本当に多岐にわたります。
しかし、結構、共通する部分ってあるんですよね。
例えば、冒頭にお名前を紹介した団体の方々とは、ドラッグラグの問題や予防の重要性、疾病の啓蒙など、意識を共にできる部分が多々あるのです。
世界規模で見ても国際患者団体連合会(IAPO)のような動きも出てきています。
このような連携は患者団体の力を強めることにもつながります。
アメリカではACIPという場を通じるなど、患者団体が政策提言を行っていくだけの力を身に付け、制度がその機会を保障しています。
私も患者団体活動に携わっている人間として、患者の声を政策に反映させる方途を考えていかなければいけないなと考える今日この頃です。
すみません、本当に独り言のような物です。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
yahoo!のトピックスに下のような記事がリンクされていました。
医療情報のキャリアブレインの報道です。
以下、引用
------------------------------------------------------------
5月21日19時49分配信 医療介護情報CBニュース
国立高度専門医療センターで看護師“バーンアウト”
国立高度専門医療センター9回以上夜勤
今国会で独立行政法人化が審議されている「国立高度専門医療センター(ナショナルセンター)」で、看護師が2人夜勤を強いられ、夜間の緊急対応時に1人の看護師が30人以上の患者を診なければならない場合もあることが、5月21日にキャリアブレインに寄せられた関係者の証言で明らかになった。「看護師の緊張感と精神的負担は想像を超えるもので、患者に安全な医療や看護を提供していく上で問題がある」と訴えている。
【国立高度専門医療センター9回以上夜勤詳細】
国の医療政策の中核を担う国立高度専門医療センターは、成育医療センター(東京都世田谷区)、がんセンター中央病院(同中央区)とがんセンター東病院 (千葉県柏市)、国際医療センター戸山病院(東京都新宿区)と国府台病院(千葉県市川市)、精神神経センター武蔵病院(東京都小平市)、長寿医療センター (愛知県大府市)、循環器病センター(大阪府吹田市)の8病院がある。
全日本国立医療労働組合(全医労)によると、循環器病センターと長寿医療センターを除く6病院の合計病棟数は85。このうち、夜勤時の看護師が3人以下の病棟は50に上り、いまだに15病棟では準夜・深夜とも2人夜勤体制を強いられている。
成育医療センターでは、13病棟のうち3病棟が2人夜勤で、同センターの看護師の話では「勤務前の(患者)情報収集や残業を含めると、一日の半分は病棟に拘束される状態が慢性化している」という。特に問題なのは、患者の夜間の急変時で、1人の看護師が急変した患者に付ききりになるため、もう1人の看護師が他の30人以上の患者を看なければならず、「事実上、1人夜勤の状態になる」ことだ。
2人夜勤のある病棟では今年3月、看護師17人のうち5人が退職。同センターの看護師の退職者数は、2006年度に75人、07年度に62人となっており、離職率は、日本看護協会がまとめた全国平均の12.4%(常勤看護職員)を上回る約14-17%に達している。
全医労の昨年10月の調べによると、国立高度専門医療センター6病院(循環器病センターと長寿医療センターを除く)では、夜勤に従事した1763人の看護師のうち、719人が月9回以上の夜勤で、成育医療センターの看護師は「常に疲労感が残り、体調管理も難しく、“バーンアウト”する(燃え尽きる)可能性がある」と警告している。
国立高度専門医療センターの独立行政法人化については、国会で審議中だが、全医労などが「職員は自分の身分がどうなるかなどに不安を感じている。必要なのは、看護師の3人以上夜勤体制の確立などで、高度医療や政策医療を担うセンターは国立として残すべき」と反対している。
------------------------------------------------------------
国立高度医療センターにおける、夜間の看護師不足を報じています。
私の息子がお世話になった県立こども病院でも、夜勤は2名だったと記憶しています。
もう、大変そうでしたよ。
監視装置の警告音やナースコールが次から次へとなり、そのつど対処するのですから。
一週間ほど泊り込んだのですが、その間、二度、三度と顔をあわせる看護師の方もいました。
あまりの激務に驚くとともに、その働きにただただ感謝するばかりでした。
さて、現在、病院の夜勤は原則的に2名以上の配置とされています。
そして、看護職員一人当たりの月平均の夜勤時間は72時間以下とされています。
病院からは「72時間をクリアするのがきつい」との声がしばし聞かれます。
この場合、夜勤を専門とする看護師は72時間の計算からは除外しなければなりません。
つまり、夜勤専門の看護師を除外して計算して、それでも72時間という平均時間をクリアするのが困難なほど、夜間の看護師確保は一人の看護職員が何度も夜勤をこなさなければいけない状況にあるといえます。
国立高度医療センターですら、その例に漏れないということです。
よく、看護師の免許取得者の総数をあげて、「看護師は不足していない。従事していない、休職看護師が多いのだ」と主張する方がいます。
事実認定としては、誤りではありません。
その通りです。
しかし、事実認定にとどまっては、現状の改善はありません。
どうしたら「現場で働く看護師が充足されるのか」を考える必要があります。
子育てとの両立が実現できる職場環境の整備をはじめ、多様化する生活様式にあった労働環境の整備、出産などで現場を離れた看護師が再び医療の場にスムーズに戻れるような復帰プログラムの整備、などがあげられています。
ただ、どうも「休職看護師対策」をとれば十分に解決できる問題とは思えないのです。
看護師の多くが女性である以上、どうしても休職をゼロにすることはできません。
これは看護師に限らず、働く女性のどなたでも、その可能性は男性より高いわけです。
そして、出産時や乳児期には子育てに専念したい、という選択も仕事をし続けたいという希望と同等に、これからの少子高齢社会において尊重されるべき判断だと思います。
とすれば、休職看護師対策は、働きたいけど何らかのネックを感じて働けない、働きづらいという方への対策であって、休職をゼロとすることはできないのです。
看護師の休職はゼロにはならないし、ゼロを目指す必要も無い。
働きやすさ、復帰のしやすさ、そして休職する自由、全てを保障することが看護師の働きやすさにつながるのじゃないかなと感じています。
そんなことを考えていると、やはり、絶対数が足りないんだよな、と思わずにはいられません。
日本の医師数は、OECD平均と比較して、3/4程度に過ぎません。
各国の医療状況や医師・看護師の役割、職域が異なるので単純比較はできませんが、フリーアクセスが保障され、かつ病床数が多い我が国の医師数が他国に比して少ないというのですから、絶対数として不足していると考えて間違いないでしょう。
ましてや我が国の場合、アメリカに比して看護師の業務範囲が制限され医師がこなさなければいけない業務範囲が多いので、医師の不足感はますます高くなります。
そのため、看護師に一定の業務範囲を任せるべきではないか、という議論もなされているのです。
ということは、その議論の方向に進めば進むほど、看護師の需要は高まるわけで、今以上に、看護師の不足感は高まるでしょう。
結局、医師も足りない、看護師も足りない、人が足りないんです。
あまり医療に詳しくない経済学者の方は、医療機関の人件費比率が5割を超えているのはけしからんなどと、トンでもないことを口にされます。
医療は医師、看護師のみならず薬剤師、理学療法士、作業療法士、臨床検査技師、放射線技師、医事課職員、栄養士、清掃業務員などなど、とにかく多くの人手を要します。
欧米では人件費比率7割以上というのが普通なのだそうです。
日本では人手が不足しているから人件費が少なくてすんでいて、故に、人件費比率は欧米より低かったりするわけです。
なのに「人件費比率が5割を超えたら、民間の企業なら倒産ですよ」などとしたり顔でかたる方がいるので、話がおかしくなるのです。
医師も看護師もバーンアウトしています、すでに。
今回の診療報酬改定では、勤務医の業務軽減のためにプラス改定分は全てつぎ込み、さらに開業医の報酬を削ってまで手当てしました。
でも、その金額はわずか1,500億程度に過ぎません。
GDP比でG7の先進国中、最低の我が国の医療費。
OECD諸国でも下から二番目くらいです。
それをスウェーデン並みに引き上げようとすれば5兆円、ドイツで7.5兆円、フランスで10兆円の医療費増が必要だというのに、わずか1,500億円です。
これでは足りないですよね。
医療崩壊は進むときには一気に崩壊します。
崩壊した医療を立て直すには崩壊以上に時間がかかります(イギリスが実証済みです)。
本当に子どもたちの未来を考えるなら、今この瞬間にでも、我が国の医療を救うためにできることを実践しなければいけないのだと思います。
医療情報のキャリアブレインの報道です。
以下、引用
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5月21日19時49分配信 医療介護情報CBニュース
国立高度専門医療センターで看護師“バーンアウト”
国立高度専門医療センター9回以上夜勤
今国会で独立行政法人化が審議されている「国立高度専門医療センター(ナショナルセンター)」で、看護師が2人夜勤を強いられ、夜間の緊急対応時に1人の看護師が30人以上の患者を診なければならない場合もあることが、5月21日にキャリアブレインに寄せられた関係者の証言で明らかになった。「看護師の緊張感と精神的負担は想像を超えるもので、患者に安全な医療や看護を提供していく上で問題がある」と訴えている。
【国立高度専門医療センター9回以上夜勤詳細】
国の医療政策の中核を担う国立高度専門医療センターは、成育医療センター(東京都世田谷区)、がんセンター中央病院(同中央区)とがんセンター東病院 (千葉県柏市)、国際医療センター戸山病院(東京都新宿区)と国府台病院(千葉県市川市)、精神神経センター武蔵病院(東京都小平市)、長寿医療センター (愛知県大府市)、循環器病センター(大阪府吹田市)の8病院がある。
全日本国立医療労働組合(全医労)によると、循環器病センターと長寿医療センターを除く6病院の合計病棟数は85。このうち、夜勤時の看護師が3人以下の病棟は50に上り、いまだに15病棟では準夜・深夜とも2人夜勤体制を強いられている。
成育医療センターでは、13病棟のうち3病棟が2人夜勤で、同センターの看護師の話では「勤務前の(患者)情報収集や残業を含めると、一日の半分は病棟に拘束される状態が慢性化している」という。特に問題なのは、患者の夜間の急変時で、1人の看護師が急変した患者に付ききりになるため、もう1人の看護師が他の30人以上の患者を看なければならず、「事実上、1人夜勤の状態になる」ことだ。
2人夜勤のある病棟では今年3月、看護師17人のうち5人が退職。同センターの看護師の退職者数は、2006年度に75人、07年度に62人となっており、離職率は、日本看護協会がまとめた全国平均の12.4%(常勤看護職員)を上回る約14-17%に達している。
全医労の昨年10月の調べによると、国立高度専門医療センター6病院(循環器病センターと長寿医療センターを除く)では、夜勤に従事した1763人の看護師のうち、719人が月9回以上の夜勤で、成育医療センターの看護師は「常に疲労感が残り、体調管理も難しく、“バーンアウト”する(燃え尽きる)可能性がある」と警告している。
国立高度専門医療センターの独立行政法人化については、国会で審議中だが、全医労などが「職員は自分の身分がどうなるかなどに不安を感じている。必要なのは、看護師の3人以上夜勤体制の確立などで、高度医療や政策医療を担うセンターは国立として残すべき」と反対している。
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国立高度医療センターにおける、夜間の看護師不足を報じています。
私の息子がお世話になった県立こども病院でも、夜勤は2名だったと記憶しています。
もう、大変そうでしたよ。
監視装置の警告音やナースコールが次から次へとなり、そのつど対処するのですから。
一週間ほど泊り込んだのですが、その間、二度、三度と顔をあわせる看護師の方もいました。
あまりの激務に驚くとともに、その働きにただただ感謝するばかりでした。
さて、現在、病院の夜勤は原則的に2名以上の配置とされています。
そして、看護職員一人当たりの月平均の夜勤時間は72時間以下とされています。
病院からは「72時間をクリアするのがきつい」との声がしばし聞かれます。
この場合、夜勤を専門とする看護師は72時間の計算からは除外しなければなりません。
つまり、夜勤専門の看護師を除外して計算して、それでも72時間という平均時間をクリアするのが困難なほど、夜間の看護師確保は一人の看護職員が何度も夜勤をこなさなければいけない状況にあるといえます。
国立高度医療センターですら、その例に漏れないということです。
よく、看護師の免許取得者の総数をあげて、「看護師は不足していない。従事していない、休職看護師が多いのだ」と主張する方がいます。
事実認定としては、誤りではありません。
その通りです。
しかし、事実認定にとどまっては、現状の改善はありません。
どうしたら「現場で働く看護師が充足されるのか」を考える必要があります。
子育てとの両立が実現できる職場環境の整備をはじめ、多様化する生活様式にあった労働環境の整備、出産などで現場を離れた看護師が再び医療の場にスムーズに戻れるような復帰プログラムの整備、などがあげられています。
ただ、どうも「休職看護師対策」をとれば十分に解決できる問題とは思えないのです。
看護師の多くが女性である以上、どうしても休職をゼロにすることはできません。
これは看護師に限らず、働く女性のどなたでも、その可能性は男性より高いわけです。
そして、出産時や乳児期には子育てに専念したい、という選択も仕事をし続けたいという希望と同等に、これからの少子高齢社会において尊重されるべき判断だと思います。
とすれば、休職看護師対策は、働きたいけど何らかのネックを感じて働けない、働きづらいという方への対策であって、休職をゼロとすることはできないのです。
看護師の休職はゼロにはならないし、ゼロを目指す必要も無い。
働きやすさ、復帰のしやすさ、そして休職する自由、全てを保障することが看護師の働きやすさにつながるのじゃないかなと感じています。
そんなことを考えていると、やはり、絶対数が足りないんだよな、と思わずにはいられません。
日本の医師数は、OECD平均と比較して、3/4程度に過ぎません。
各国の医療状況や医師・看護師の役割、職域が異なるので単純比較はできませんが、フリーアクセスが保障され、かつ病床数が多い我が国の医師数が他国に比して少ないというのですから、絶対数として不足していると考えて間違いないでしょう。
ましてや我が国の場合、アメリカに比して看護師の業務範囲が制限され医師がこなさなければいけない業務範囲が多いので、医師の不足感はますます高くなります。
そのため、看護師に一定の業務範囲を任せるべきではないか、という議論もなされているのです。
ということは、その議論の方向に進めば進むほど、看護師の需要は高まるわけで、今以上に、看護師の不足感は高まるでしょう。
結局、医師も足りない、看護師も足りない、人が足りないんです。
あまり医療に詳しくない経済学者の方は、医療機関の人件費比率が5割を超えているのはけしからんなどと、トンでもないことを口にされます。
医療は医師、看護師のみならず薬剤師、理学療法士、作業療法士、臨床検査技師、放射線技師、医事課職員、栄養士、清掃業務員などなど、とにかく多くの人手を要します。
欧米では人件費比率7割以上というのが普通なのだそうです。
日本では人手が不足しているから人件費が少なくてすんでいて、故に、人件費比率は欧米より低かったりするわけです。
なのに「人件費比率が5割を超えたら、民間の企業なら倒産ですよ」などとしたり顔でかたる方がいるので、話がおかしくなるのです。
医師も看護師もバーンアウトしています、すでに。
今回の診療報酬改定では、勤務医の業務軽減のためにプラス改定分は全てつぎ込み、さらに開業医の報酬を削ってまで手当てしました。
でも、その金額はわずか1,500億程度に過ぎません。
GDP比でG7の先進国中、最低の我が国の医療費。
OECD諸国でも下から二番目くらいです。
それをスウェーデン並みに引き上げようとすれば5兆円、ドイツで7.5兆円、フランスで10兆円の医療費増が必要だというのに、わずか1,500億円です。
これでは足りないですよね。
医療崩壊は進むときには一気に崩壊します。
崩壊した医療を立て直すには崩壊以上に時間がかかります(イギリスが実証済みです)。
本当に子どもたちの未来を考えるなら、今この瞬間にでも、我が国の医療を救うためにできることを実践しなければいけないのだと思います。
社会福祉法人 大五京 様に、リボンリレープロジェクトにご参加いただきました。
なんと、法人の関連ホームページの全てにリボンバナーを張っていただいています。
これはすごい!!
多くの保護者の方など、目にしていただけるのではないかと期待しています。
社会福祉法人 大五京の皆様、本当にありがとうございます。
以下、URLのリストです。
http://www.kinugasa.ed.jp/dai5kyo/index.htm
http://www.kinugasa.ed.jp/
http://kinugasa.ed.jp/hoiku/
http://kinugasa.ed.jp/jidoukan/index.html
http://www.kinugasa.ed.jp/marypoppins/index.htm
http://www.kinugasa.ed.jp/e-hoikuen/index.htm
http://www.kinugasa.ed.jp/takuhokuhimawari/index.htm
http://kinugasa.ed.jp/%7Esilver_kinugasa/index.html
なんと、法人の関連ホームページの全てにリボンバナーを張っていただいています。
これはすごい!!
多くの保護者の方など、目にしていただけるのではないかと期待しています。
社会福祉法人 大五京の皆様、本当にありがとうございます。
以下、URLのリストです。
http://www.kinugasa.ed.jp/dai5kyo/index.htm
http://www.kinugasa.ed.jp/
http://kinugasa.ed.jp/hoiku/
http://kinugasa.ed.jp/jidoukan/index.html
http://www.kinugasa.ed.jp/marypoppins/index.htm
http://www.kinugasa.ed.jp/e-hoikuen/index.htm
http://www.kinugasa.ed.jp/takuhokuhimawari/index.htm
http://kinugasa.ed.jp/%7Esilver_kinugasa/index.html
今日は息子がサッカーの公式戦で初ゴールを決めたそうです。
でかした!!
私は仕事があり試合に駆けつけることができなかったので、直接は観られなかったのですが。
コ−ナーキックに触ってコースが変わってのゴール、そんな感じだったようです。
どんな形でもゴールはゴール、そこにいた君が偉いのだよ、息子よ。
嬉しそうにゴールの話をしてくれた息子が、とても楽しそうで、こちらまで嬉しくなりました。
でかした!!
私は仕事があり試合に駆けつけることができなかったので、直接は観られなかったのですが。
コ−ナーキックに触ってコースが変わってのゴール、そんな感じだったようです。
どんな形でもゴールはゴール、そこにいた君が偉いのだよ、息子よ。
嬉しそうにゴールの話をしてくれた息子が、とても楽しそうで、こちらまで嬉しくなりました。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
野党四党が、国民から大不評の「後期高齢者医療制度」の廃止法案について合意したそうです。
下線部の今後の対応について、注目したほうがいいでしょうね。
ここへの対応いかんによっては、野党の本気度がわかるのじゃないかなとおもいます。
以下、毎日新聞より(下線は高畑によります)
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<後期高齢者医療制度>廃止法案の骨格固まる 野党4党
5月16日21時8分配信 毎日新聞
民主党など野党4党は16日、後期高齢者医療制度廃止法案の骨格を固めた。(1)保険料の年金からの天引き中止(2)同制度を廃止し、従来の老人保健制度に戻す−−が主な柱。実施時期についても、保険料天引き中止は10月から、制度廃止は来年4月からとする方向でおおむね一致しており、20日の次回会合で最終調整した上で正式決定し、26日までに参院に提出する方針だ。
16日、国会内で開かれた4党の政策責任者会議では、制度廃止の時期を巡って意見が分かれた。議論のたたき台となった民主党案が「来年4月から」としているのに対し、社民・国民新の2党が「10月に前倒しすべきだ」と主張。これに対し、民主党は「地方自治体の予算措置も考えねばならず、年度途中は現実的でない」と反論し、次回会合までに前倒しが可能か再度検討することになった。
法案に制度廃止だけでなく、保険料天引き中止を盛り込む狙いは、来年4月の制度廃止までの「経過措置」。従来通り保険料を銀行などで振り込むというシステム上の変更にとどまることから、財源に穴を開けないという利点もある。
またこの日の会議では、制度を廃止して老人保健制度に戻した後の代替財源策など、医療制度の抜本改革を巡っても議論があったが「それぞれの党内で意見がまだ定まっておらず、4党での合意は難しい」として、法案への盛り込みは見送られた。
--------------------------------------------------------------------------
制度開始直後にここのブログで書きましたが、疾病リスクの高い高齢者のみを独立した制度に加入させるという後期高齢者医療制度は、私は廃止すべきだと考えていますし、その点、野党の目指す方向性は私の考えと同じです。
従来の老人保健制度でいいじゃない!って、考えています。
後期高齢者医療制度の根本的な問題点は、保険料が年金から天引きされるからでも保険証が届かなかったからでも、周知がされていないからでも無くて(これらはいずれも問題ではありますが)、ハイリスク層の高齢者を独立させるからです。
「保険」である以上、リスクを分散することがその本旨であるならば、ハイリスク層を独立させてはいけないのです。
そして、独立させたからといって、制度として医療給付の内容に差をつけよう、等というよこしまな考えを持ち込むから、より「悪い」のです。
ただし、やはりどうしても考えなければいけないのが、高齢者の医療費も含めて、我々国民医療費をどう負担していくのか、という財源の問題です。
後期高齢者医療制度の創設の動機が、財政面にあるからということは、明らかです。
高齢者は「疾病リスクが高い」=「医療給付が多い」=「給付額が多い」となるわけで、今後、いっそうの少子高齢化が進むとなると、従来の老人保健制度の財政枠組みだけでは、まかないきれないだろう、若年層の負担が許容範囲を超えるだろう、という問題点の認識が根底にあったわけです。
このこと自体を国民レベルで議論しなければいけなかったわけですが、権丈善一先生が論じられるように、つまるところ国民負担増しか道は無いのです。
しかし、その負担の望ましいありかた(消去法で残るもの)は、保険料の引き上げであり、続いて消費税増税なのですが、これを口にすると政治家は選挙で勝てない、故にこれらの負担増以外の道を探らざるをえなくなり、出てきたのが、高齢者本人にも保険料を負担してもらうこと、そしてそれをレトリックを用いて抵抗感を和らげながら実現しようという後期高齢者医療制度創設だったのです。
要は、財政負担のあり方の議論を避けながら、小手先で策を講じようとしたのですよね。
小手先の策をすんなり受け入れるほど、国民は「馬鹿」ではないという証左です、今回の世論の盛り上がりは。
ですので、与党は「何をいまさら」と憤るのではなく、「国民の皆さんが、ごまかしでは駄目だ、根本的な議論をすべきと求めているのなら、それに応えましょう!」と、好機とばかりに「負担のあり方」について議論すればいいのではないでしょうか。
野党四党は、国民負担のあり方について、哲学的な違いといっていいほど、考え方に違いがあります。
恐らく、民主党・国民新党と、共産党・社民党では、折り合えないのではないでしょうか。
四党一致でなければ、参議院の過半数には達しません。
しかし、過半数を優先すると、小手先のごまかし「後期高齢者医療制度」は葬ることができても、「本来行うべき国民的負担のあり方に係る議論」には踏み込めないのです。
今後、どの政党に政権を担ってもらうのか、与野党の対応に注目したいところです。
下線部の今後の対応について、注目したほうがいいでしょうね。
ここへの対応いかんによっては、野党の本気度がわかるのじゃないかなとおもいます。
以下、毎日新聞より(下線は高畑によります)
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<後期高齢者医療制度>廃止法案の骨格固まる 野党4党
5月16日21時8分配信 毎日新聞
民主党など野党4党は16日、後期高齢者医療制度廃止法案の骨格を固めた。(1)保険料の年金からの天引き中止(2)同制度を廃止し、従来の老人保健制度に戻す−−が主な柱。実施時期についても、保険料天引き中止は10月から、制度廃止は来年4月からとする方向でおおむね一致しており、20日の次回会合で最終調整した上で正式決定し、26日までに参院に提出する方針だ。
16日、国会内で開かれた4党の政策責任者会議では、制度廃止の時期を巡って意見が分かれた。議論のたたき台となった民主党案が「来年4月から」としているのに対し、社民・国民新の2党が「10月に前倒しすべきだ」と主張。これに対し、民主党は「地方自治体の予算措置も考えねばならず、年度途中は現実的でない」と反論し、次回会合までに前倒しが可能か再度検討することになった。
法案に制度廃止だけでなく、保険料天引き中止を盛り込む狙いは、来年4月の制度廃止までの「経過措置」。従来通り保険料を銀行などで振り込むというシステム上の変更にとどまることから、財源に穴を開けないという利点もある。
またこの日の会議では、制度を廃止して老人保健制度に戻した後の代替財源策など、医療制度の抜本改革を巡っても議論があったが「それぞれの党内で意見がまだ定まっておらず、4党での合意は難しい」として、法案への盛り込みは見送られた。
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制度開始直後にここのブログで書きましたが、疾病リスクの高い高齢者のみを独立した制度に加入させるという後期高齢者医療制度は、私は廃止すべきだと考えていますし、その点、野党の目指す方向性は私の考えと同じです。
従来の老人保健制度でいいじゃない!って、考えています。
後期高齢者医療制度の根本的な問題点は、保険料が年金から天引きされるからでも保険証が届かなかったからでも、周知がされていないからでも無くて(これらはいずれも問題ではありますが)、ハイリスク層の高齢者を独立させるからです。
「保険」である以上、リスクを分散することがその本旨であるならば、ハイリスク層を独立させてはいけないのです。
そして、独立させたからといって、制度として医療給付の内容に差をつけよう、等というよこしまな考えを持ち込むから、より「悪い」のです。
ただし、やはりどうしても考えなければいけないのが、高齢者の医療費も含めて、我々国民医療費をどう負担していくのか、という財源の問題です。
後期高齢者医療制度の創設の動機が、財政面にあるからということは、明らかです。
高齢者は「疾病リスクが高い」=「医療給付が多い」=「給付額が多い」となるわけで、今後、いっそうの少子高齢化が進むとなると、従来の老人保健制度の財政枠組みだけでは、まかないきれないだろう、若年層の負担が許容範囲を超えるだろう、という問題点の認識が根底にあったわけです。
このこと自体を国民レベルで議論しなければいけなかったわけですが、権丈善一先生が論じられるように、つまるところ国民負担増しか道は無いのです。
しかし、その負担の望ましいありかた(消去法で残るもの)は、保険料の引き上げであり、続いて消費税増税なのですが、これを口にすると政治家は選挙で勝てない、故にこれらの負担増以外の道を探らざるをえなくなり、出てきたのが、高齢者本人にも保険料を負担してもらうこと、そしてそれをレトリックを用いて抵抗感を和らげながら実現しようという後期高齢者医療制度創設だったのです。
要は、財政負担のあり方の議論を避けながら、小手先で策を講じようとしたのですよね。
小手先の策をすんなり受け入れるほど、国民は「馬鹿」ではないという証左です、今回の世論の盛り上がりは。
ですので、与党は「何をいまさら」と憤るのではなく、「国民の皆さんが、ごまかしでは駄目だ、根本的な議論をすべきと求めているのなら、それに応えましょう!」と、好機とばかりに「負担のあり方」について議論すればいいのではないでしょうか。
野党四党は、国民負担のあり方について、哲学的な違いといっていいほど、考え方に違いがあります。
恐らく、民主党・国民新党と、共産党・社民党では、折り合えないのではないでしょうか。
四党一致でなければ、参議院の過半数には達しません。
しかし、過半数を優先すると、小手先のごまかし「後期高齢者医療制度」は葬ることができても、「本来行うべき国民的負担のあり方に係る議論」には踏み込めないのです。
今後、どの政党に政権を担ってもらうのか、与野党の対応に注目したいところです。
先週、フジテレビの朝の情報番組「とくダネ!」で細菌性髄膜炎の特集が放送され、大きな反響がありました。
このブログも放送直後から多くの方が訪れてくれました。
いやあ、ほんとう、影響力があるんだなあと感じたものですが、それを裏付ける数字を教えていただきました。
yahoo!の検索ワードのランキングで、放送当日に「細菌性髄膜炎」が6位、「ヒブワクチン」が11位となったそうです。
すごいですね。
朝の情報番組の視聴者層と、ネットユーザーがある程度、共通するのかもしれませんね。
テレビで見て、気になったらネットで調べる、そんなスタイルが思い浮かびます。
このブログも放送直後から多くの方が訪れてくれました。
いやあ、ほんとう、影響力があるんだなあと感じたものですが、それを裏付ける数字を教えていただきました。
yahoo!の検索ワードのランキングで、放送当日に「細菌性髄膜炎」が6位、「ヒブワクチン」が11位となったそうです。
すごいですね。
朝の情報番組の視聴者層と、ネットユーザーがある程度、共通するのかもしれませんね。
テレビで見て、気になったらネットで調べる、そんなスタイルが思い浮かびます。
ちょいと前に、奥菜秀次著「陰謀論の罠」を読みました。
kikulogで話題になっていて、「これは読まねば」と購入したものです。
ページ数はたいしたことはないので、短期間で通読できます。
「9.11はアメリカの陰謀だ」といういわゆる陰謀論を信じている方にも、「陰謀論なんて、ありえないっしょ」と陰謀論に否定的な方にも、お勧めの一冊です。
代表的な陰謀論について、公式報告をもとにひとつひとつ、矛盾点を指摘し、陰謀論の荒唐無稽な破綻した理屈を明かしていきます。
陰謀論を論じる論客が、公式報告を読んでいない、と認めたくだりは、思わず笑ってしまいました。
また、陰謀論のルーツを探っていくあたりでは、我が国でしきりに9.11陰謀論を布教すべく「ボーイングを捜せ」のプロモートを行っている方々に、是非とも、読んでいただいたほうが良いのではないかなと思わずにはいられませんでした。
そんなこんなで、価格も手頃ですし、興味がある方は是非、お読みください。
kikulogで話題になっていて、「これは読まねば」と購入したものです。
ページ数はたいしたことはないので、短期間で通読できます。
「9.11はアメリカの陰謀だ」といういわゆる陰謀論を信じている方にも、「陰謀論なんて、ありえないっしょ」と陰謀論に否定的な方にも、お勧めの一冊です。
代表的な陰謀論について、公式報告をもとにひとつひとつ、矛盾点を指摘し、陰謀論の荒唐無稽な破綻した理屈を明かしていきます。
陰謀論を論じる論客が、公式報告を読んでいない、と認めたくだりは、思わず笑ってしまいました。
また、陰謀論のルーツを探っていくあたりでは、我が国でしきりに9.11陰謀論を布教すべく「ボーイングを捜せ」のプロモートを行っている方々に、是非とも、読んでいただいたほうが良いのではないかなと思わずにはいられませんでした。
そんなこんなで、価格も手頃ですし、興味がある方は是非、お読みください。
今朝のNHK「生活ほっとモーニング」を観て、改めて感染症予防や公衆衛生といった事柄について、我々一人一人が意識を変え、そしてみんなでどうすべきか考えることが必要なのだなと感じました。
時代とともに、科学・医学の進歩もあり、環境の変化もあり、人々の望むものも、生活様式も、変化していきます。
10年一昔といいますが、1980年代、90年代、2000年代とそれぞれさまざまな物の考え方や常識とされる物が変わってきています。
そこで暮らす私たちの意識や考え方が変わらなければ、その面において何らかの「ギャップ」が生じてしまってもおかしくはありません。
あまり聞きなれない「細菌性髄膜炎」という疾病が直面するワクチンギャップという問題も、誰もが知っている「はしか」という疾病の流行も、この「10年一昔」に我々の意識と思考が追いつけていないことにより生じた問題なのだと思います。
そんなことを伝えてくれた、NHK「生活ほっとモーニング」ではなかったでしょうか。
時代とともに、科学・医学の進歩もあり、環境の変化もあり、人々の望むものも、生活様式も、変化していきます。
10年一昔といいますが、1980年代、90年代、2000年代とそれぞれさまざまな物の考え方や常識とされる物が変わってきています。
そこで暮らす私たちの意識や考え方が変わらなければ、その面において何らかの「ギャップ」が生じてしまってもおかしくはありません。
あまり聞きなれない「細菌性髄膜炎」という疾病が直面するワクチンギャップという問題も、誰もが知っている「はしか」という疾病の流行も、この「10年一昔」に我々の意識と思考が追いつけていないことにより生じた問題なのだと思います。
そんなことを伝えてくれた、NHK「生活ほっとモーニング」ではなかったでしょうか。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
お勧めケーキ屋さん、三店紹介します。
「ままのおやつ『あ・りとる』」(鷹の台)
次男坊の誕生日ケーキをお願いした、ケーキ屋さんです。
機関車「トーマス」のデコレーションケーキをオーダーしました。
ケーキ自体は、オーソドックスなショートケーキなのですが、中に挟まれたフルーツがイチゴに桜桃、バナナ、洋ナシと種類豊富で、デコレーションも生クリームとチョコレートでキャラクターを形作りながら、イチゴやブドウをちりばめ、とてもかわいらしく、そして子ども達も「うわーこんなにフルーツが入っているよ!!」と大喜びでした。
実は、私は生クリームがあまり得意ではありません。
ところが「あ・りとる」の生クリームは、甘すぎずでも味気無い訳ではなく、しっかりとおいしい生クリームで、ちょっとびっくり。
とても美味しくいただくことができました。
「ガトークロンボ」(旭ヶ丘)
ここはご近所のケーキ屋さんで、しばしば利用しています。
今年の長男のバースデーケーキはこちらにお願いしました。
ガトークロンボのケーキは、喫茶店などで出されるようなシンプルなんだけど立派な見栄えのケーキです。
味に際立ったクセがなく、とにかくナチュラルにバランス良く美味しいのです。
変な混じり物の混ざっていない、素直な味と言ったらいいでしょうか。
子どもたちも、どのケーキでも美味しく食べることができます。
お値段もリーズナブルなほうで、気軽に買うことができます。
ここのケーキなら、安心して誰にでも勧められるな、と思っています。
「ティーンカーベル」(めいわ)
過去に何度か、バースデーケーキをお願いしたところです。
ここのケーキは、可愛らしく目も楽しませてくれるのですが、種類が豊富なそのどれもが美味しいです。
私はベリー系を用いたケーキが気に入っています。
結構、甘めだったりするのですが、ベリーの酸味とのバランスが良く、くどく感じません。
また、チョコレート系も美味しいです(これは、どちらかというと大人向けかもしれません)。
ただし、欠点は、結構、売り切れるのも早いというところ。
夕方には、売り切れメニューが多く、選ぶのに苦労します。
前日のうちに、買うと決めておいたほうが無難という感じです。
ちょっとしたティーパーティなどに、もってこいです。
ということで、四街道市のお勧めケーキ屋さんを、三店、紹介してみました。
もちろん、このほかにも美味しいお店があるかもしれません。
また、見つけたら、報告します。
「ままのおやつ『あ・りとる』」(鷹の台)
次男坊の誕生日ケーキをお願いした、ケーキ屋さんです。
機関車「トーマス」のデコレーションケーキをオーダーしました。
ケーキ自体は、オーソドックスなショートケーキなのですが、中に挟まれたフルーツがイチゴに桜桃、バナナ、洋ナシと種類豊富で、デコレーションも生クリームとチョコレートでキャラクターを形作りながら、イチゴやブドウをちりばめ、とてもかわいらしく、そして子ども達も「うわーこんなにフルーツが入っているよ!!」と大喜びでした。
実は、私は生クリームがあまり得意ではありません。
ところが「あ・りとる」の生クリームは、甘すぎずでも味気無い訳ではなく、しっかりとおいしい生クリームで、ちょっとびっくり。
とても美味しくいただくことができました。
「ガトークロンボ」(旭ヶ丘)
ここはご近所のケーキ屋さんで、しばしば利用しています。
今年の長男のバースデーケーキはこちらにお願いしました。
ガトークロンボのケーキは、喫茶店などで出されるようなシンプルなんだけど立派な見栄えのケーキです。
味に際立ったクセがなく、とにかくナチュラルにバランス良く美味しいのです。
変な混じり物の混ざっていない、素直な味と言ったらいいでしょうか。
子どもたちも、どのケーキでも美味しく食べることができます。
お値段もリーズナブルなほうで、気軽に買うことができます。
ここのケーキなら、安心して誰にでも勧められるな、と思っています。
「ティーンカーベル」(めいわ)
過去に何度か、バースデーケーキをお願いしたところです。
ここのケーキは、可愛らしく目も楽しませてくれるのですが、種類が豊富なそのどれもが美味しいです。
私はベリー系を用いたケーキが気に入っています。
結構、甘めだったりするのですが、ベリーの酸味とのバランスが良く、くどく感じません。
また、チョコレート系も美味しいです(これは、どちらかというと大人向けかもしれません)。
ただし、欠点は、結構、売り切れるのも早いというところ。
夕方には、売り切れメニューが多く、選ぶのに苦労します。
前日のうちに、買うと決めておいたほうが無難という感じです。
ちょっとしたティーパーティなどに、もってこいです。
ということで、四街道市のお勧めケーキ屋さんを、三店、紹介してみました。
もちろん、このほかにも美味しいお店があるかもしれません。
また、見つけたら、報告します。
明日、NHK「生活ほっとモーニング」でワクチン問題が取り上げられる予定です。
放送時間は、AM8:35〜9:25の放送時間のいずれか(って、あたり前ですよね)。
ワクチンギャップを抱える我が国の現状について、掘り下げた報道となるようです。
先の街頭署名活動の取材や、守る会会員の方へのインタビューなども行われております。
是非とも、ご覧になっていただければと思います。
放送時間は、AM8:35〜9:25の放送時間のいずれか(って、あたり前ですよね)。
ワクチンギャップを抱える我が国の現状について、掘り下げた報道となるようです。
先の街頭署名活動の取材や、守る会会員の方へのインタビューなども行われております。
是非とも、ご覧になっていただければと思います。
昨日、5月12日は、次男の3歳の誕生日でした。
我が家は4月が長男、5月が次男と続くんですよね。
その間、わずか2週間。
しかし、次男にとっては待ち遠しい誕生日だったようです。
何せ目の前で長男が誕生日プレゼントをもらい、バースデーケーキのローソクを吹き消し、「おめでとう!!」と祝福を受けている光景を目の当たりにしています。
「僕も欲しい!!」と、まあ、年相応の欲求ですよね。
ということで、次男の誕生日プレゼントは長男と同じモノとなってしまいました。
借りればいいのに、いいのか???
我が家は4月が長男、5月が次男と続くんですよね。
その間、わずか2週間。
しかし、次男にとっては待ち遠しい誕生日だったようです。
何せ目の前で長男が誕生日プレゼントをもらい、バースデーケーキのローソクを吹き消し、「おめでとう!!」と祝福を受けている光景を目の当たりにしています。
「僕も欲しい!!」と、まあ、年相応の欲求ですよね。
ということで、次男の誕生日プレゼントは長男と同じモノとなってしまいました。
借りればいいのに、いいのか???
「とくダネ!」放映のおかげで、連日、多くの方にこのブログを見ていただけています。
その勢いに乗じてといってはなんですが、リボンバッジの宣伝をさせていただきたいと思います。

細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会では、サポートグッズとしてリボンバッジを販売しています。
このバッジ、色鮮やかなためにけっこう目立ちます。
身に着けているところを目に留めた方が「それ、何?」と聞いてくれること、そして、「このバッジはね、…」というふうに、細菌性髄膜炎のこと、ワクチンのことが話題となってくれることを願って作ったバッジです。
先のブログに書いたように、岸宏一厚生労働副大臣も身に付けてくれているものです。
一個500円で販売しております。
厚かましいお願いかと思いますが、是非、多くの方に身に付けていただければと思います。
御注文は、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会のホームページより受け付けております。
その勢いに乗じてといってはなんですが、リボンバッジの宣伝をさせていただきたいと思います。

細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会では、サポートグッズとしてリボンバッジを販売しています。
このバッジ、色鮮やかなためにけっこう目立ちます。
身に着けているところを目に留めた方が「それ、何?」と聞いてくれること、そして、「このバッジはね、…」というふうに、細菌性髄膜炎のこと、ワクチンのことが話題となってくれることを願って作ったバッジです。
先のブログに書いたように、岸宏一厚生労働副大臣も身に付けてくれているものです。
一個500円で販売しております。
厚かましいお願いかと思いますが、是非、多くの方に身に付けていただければと思います。
御注文は、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会のホームページより受け付けております。
本日のフジテレビ「とくダネ!」での報道を受け、「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」のホームページ、そして私のこのブログへのアクセスが急増しています。
サイトを訪れてくれた皆様、ありがとうございます。
本当に多くの方に、細菌性髄膜炎という疾病のこと、そしてワクチンの現状を知っていただけたのではないかなと思っています。
放送にもありましたが、細菌性髄膜炎は早期発見が極めて難しい疾病です。
発熱、嘔吐、頭痛、本当に風邪や胃腸炎と鑑別の難しい初期症状しか見られないのです。
しかし、予後は発症後、早期に確定診断がくだされ治療開始となればなるほどよく、診断・治療開始が一日遅れる毎に、悪くなっていきます。
早期発見が困難な細菌性髄膜炎には、ワクチンによる予防が不可欠といわれるのはそのためです。
もちろん、ワクチン接種には副反応(副作用)の危険性が伴います。
放送で薗部先生がコメントされていた通り、その存在を否定することはできません。
しかし、冷静に科学的に、メリットと天秤にかけてみれば、こと細菌性髄膜炎については予防接種の有用性がもっともっと重要視されてもいいのではないでしょうか。
我々は、現在「細菌性髄膜炎の早期定期接種化を求める請願署名」活動に取り組んでいます。
署名は紙ベースでも、オンラインでも参加いただくことができます(細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会のホームページより参加いただけます)。
5月29日に、衆参両議長宛に提出してきます。
多くの方々が、細菌性髄膜炎の早期定期接種化を望んでいるのだというその声が大きければ大きいほど、厚生労働省も踏み切りやすくなるのではないかと考えております。
是非、署名にご協力をお願いいたします。
サイトを訪れてくれた皆様、ありがとうございます。
本当に多くの方に、細菌性髄膜炎という疾病のこと、そしてワクチンの現状を知っていただけたのではないかなと思っています。
放送にもありましたが、細菌性髄膜炎は早期発見が極めて難しい疾病です。
発熱、嘔吐、頭痛、本当に風邪や胃腸炎と鑑別の難しい初期症状しか見られないのです。
しかし、予後は発症後、早期に確定診断がくだされ治療開始となればなるほどよく、診断・治療開始が一日遅れる毎に、悪くなっていきます。
早期発見が困難な細菌性髄膜炎には、ワクチンによる予防が不可欠といわれるのはそのためです。
もちろん、ワクチン接種には副反応(副作用)の危険性が伴います。
放送で薗部先生がコメントされていた通り、その存在を否定することはできません。
しかし、冷静に科学的に、メリットと天秤にかけてみれば、こと細菌性髄膜炎については予防接種の有用性がもっともっと重要視されてもいいのではないでしょうか。
我々は、現在「細菌性髄膜炎の早期定期接種化を求める請願署名」活動に取り組んでいます。
署名は紙ベースでも、オンラインでも参加いただくことができます(細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会のホームページより参加いただけます)。
5月29日に、衆参両議長宛に提出してきます。
多くの方々が、細菌性髄膜炎の早期定期接種化を望んでいるのだというその声が大きければ大きいほど、厚生労働省も踏み切りやすくなるのではないかと考えております。
是非、署名にご協力をお願いいたします。
明日(5月7日)、フジテレビの朝の情報番組「とくダネ!」で、細菌性髄膜炎の特集が放送されます。
時間は9時台の早い時間帯、具体的には一桁の時間帯から放送予定だそうです。
今までも細菌性髄膜炎のこと、ワクチンのこと、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の活動のことをいくつかのテレビ番組で報じていただきました。
今回の「とくダネ!」が今までの放送と違うのは、今までがニュース・報道番組だったのに対し、「とくダネ!」は主婦の方などを視聴者層の中心とした情報番組だということです。
今までの視聴者層とは違った方々に観ていただけるのではないか、との期待が膨らみます。
フジテレビさんには、4月の街頭署名活動の取材などのために、放送時期をずらしていただくなどの配慮をいただきました。
ありがとうございました。
また、会の会員の方、ご支援いただいている方などなど、多くの方々の協力もいただきました。
本当にありがとうございました。
さあ、どんな放送になっているのか、明日、こうご期待!
時間は9時台の早い時間帯、具体的には一桁の時間帯から放送予定だそうです。
今までも細菌性髄膜炎のこと、ワクチンのこと、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の活動のことをいくつかのテレビ番組で報じていただきました。
今回の「とくダネ!」が今までの放送と違うのは、今までがニュース・報道番組だったのに対し、「とくダネ!」は主婦の方などを視聴者層の中心とした情報番組だということです。
今までの視聴者層とは違った方々に観ていただけるのではないか、との期待が膨らみます。
フジテレビさんには、4月の街頭署名活動の取材などのために、放送時期をずらしていただくなどの配慮をいただきました。
ありがとうございました。
また、会の会員の方、ご支援いただいている方などなど、多くの方々の協力もいただきました。
本当にありがとうございました。
さあ、どんな放送になっているのか、明日、こうご期待!
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の事務局を務めるようになったのが、ちょうど一年前の5月のことです。
一年前に私が考えていたこと、色々あります。
もしかしたら、いや、是が非でも一年後にはヒブワクチンの定期接種化を実現したい、そんなことを考えていたりしました。
しかし、一年後にまさかヒブワクチンが発売すらされていないとは、思っても見ませんでした。
推計でこの一年で600名以上の子どもたちがヒブワクチンで防げるはずのヒブによる細菌性髄膜炎に罹患し、苦しんだことになります。
そして、少なくない人数の子どもたちが、命を落とし、後遺症を負い、家族も苦悩しているのです。
どうして防ぐことができないのでしょうか。
どうして、こんなにも時間がかかるのでしょうか。
一年後のゴールデンウィークには、これからの一年をどのように振り返っているでしょうか。
笑顔でいられたらいいな、そんなことを願わずにはいられない、2008年のGWでした。
一年前に私が考えていたこと、色々あります。
もしかしたら、いや、是が非でも一年後にはヒブワクチンの定期接種化を実現したい、そんなことを考えていたりしました。
しかし、一年後にまさかヒブワクチンが発売すらされていないとは、思っても見ませんでした。
推計でこの一年で600名以上の子どもたちがヒブワクチンで防げるはずのヒブによる細菌性髄膜炎に罹患し、苦しんだことになります。
そして、少なくない人数の子どもたちが、命を落とし、後遺症を負い、家族も苦悩しているのです。
どうして防ぐことができないのでしょうか。
どうして、こんなにも時間がかかるのでしょうか。
一年後のゴールデンウィークには、これからの一年をどのように振り返っているでしょうか。
笑顔でいられたらいいな、そんなことを願わずにはいられない、2008年のGWでした。
千葉市稲毛区長沼のワンズモールに、「ラーメン、つけ麺、僕イケ面」の狩野英孝さんが来るというので、我が子と姪っ子を連れて出かけました。
いやぁ、すっごい人だかり。
まるで見えません(T_T)
長男を肩車しながら、ついたて越しに携帯のカメラで何とか見てきました。
生の狩野英孝さんは、テレビで見る、そのまんまでした。
ちなみに次男(もうすぐ3歳)は、「そんなのかんけーねー」に始まり、「ラララライ」「グー」「ヤバーババイ」と「エンタの神様」からしいれたネタを披露してくれています。
もちろん「ラーメン、つけ麺、僕イケ面」も。
最近は、「世界のナベアツ」さんの3のつく数字と3の倍数でアホになるをやってくれます。

ブレブレで、こんな写真しか撮れませんでした。
いやぁ、すっごい人だかり。
まるで見えません(T_T)
長男を肩車しながら、ついたて越しに携帯のカメラで何とか見てきました。
生の狩野英孝さんは、テレビで見る、そのまんまでした。
ちなみに次男(もうすぐ3歳)は、「そんなのかんけーねー」に始まり、「ラララライ」「グー」「ヤバーババイ」と「エンタの神様」からしいれたネタを披露してくれています。
もちろん「ラーメン、つけ麺、僕イケ面」も。
最近は、「世界のナベアツ」さんの3のつく数字と3の倍数でアホになるをやってくれます。

ブレブレで、こんな写真しか撮れませんでした。










